Ken Miki Selected Works 1994-2002 / 三木健
松本 知彦 for Private Time/2012.05.18/本
三木健が自分の仕事の中から、いくつかのプロジェクトを自身でピックアップして紹介している作品集。 この人は個人的に大好きです。 大阪を拠点にしていて東京に出て来ないスタンスも好きです。 今は大阪芸大の教授です。
IBMジャパンのブランディングの仕事などは、本当に惚れてしまいますね。 バウマン&バウマンの仕事に接近しています。 GGGブックスのシリーズでは、平野敬子と一緒に収録されていましたが、一緒に見ているとアプローチは違っても三木健の仕事は平野敬子と共通する部分があるなあと感じました。 平野敬子も好きです。
Seletti SI-TIME/砂時計30分
松本 知彦 for Private Time/2012.05.17/インテリア
子供の時に好きだった砂時計。 大人になっても、リビングのインテリアとして使っています。 置いておくだけで、とてもスタイリッシュ。
フレームがなく、ガラスだけで作られた美しいフォルム。 黒い砂のように見えるものは、粒子が細かく自然の砂じゃないように見えます。 そのため、落ちる時、音がまったくしません。 細かな黒い砂が、ガラスの小さい穴からゆっくり落ちていく様子は、見ていても飽きません。 すべて下に落ちるまで、30分かかります。 ボトルに入った数字のフォントがかわいいですね。
セレッティ社は1964年創業のイタリアのブランド。 同じシリーズで、1時間のものもあります。 そっちは、白い砂でガラスのボトルの高さが40センチくらい。 大きいです。 ガラスなので取り扱いは要注意。 うちのは風の侵入によって、先日割れてしまいました。 掲載している写真は在りし日の砂時計です。悲
Booker T & the MG's/green onions
松本 知彦 for Private Time/2012.05.14/音楽
オルガンと言えば、やっぱりハズせないこのバンド。 アメリカのインストバンドなのですが、イギリスのModsに受け入れられて、green onions がMods classicとなったのはなぜでしょう?
ほとんどの曲は、単純なリフの繰り返しでチープな音と言ってしまえばそれまでですが、他のバンドには絶対に出せない味があります。 メンフィスソウルの基礎を築いたスタックスレコード専属のスタジオバンドとして、オーティス・レディングのバックも務めました。 オーティスの代表曲、ドックオブベイはこのバンドのギタリストが作曲した曲です。 MG'sの意味は、メンフィスグルーブの略ですからねえ、スゴイバンド名です。 高校生の時に見たジョージ・ルーカスの映画「アメリカン・グラフィティ」のカーレースシーンで流れていたgreen onionsがとても印象的で、それが僕とMG'sとの最初の出会いでした。 メンバーが来日して忌野清志郎と一緒に演奏したこともあります。 と書いていたら、MG'sのベースシスト、ドナルド・ダンがブルーノート東京での演奏後、滞在中のホテルで昨日亡くなったというニュースが。。 日本で亡くなってしまうなんて・・・・ 演奏もファッションも、演出も、すべてカッコいいです。 中でもベースのドナルド・ダンの動きがすごくカッコいい! 本当に残念です。VIDEO
40代のブログが熱い 2
松本 知彦 for Private Time/2012.05.11/仕事
さて昨日に続いて、ブログについて話したいと思います。 SNSの出現により、誰もがより簡単に自由に情報を発信できるようになりました。 これにより、どうでもいい情報も日々流れまくっているわけですが、ブログというメディアは、SNSとはちょっと違うと感じています。 それは掲載できる情報量が多いために、文章を書く、コンテンツを作るということを少なからず意識しなければならないからです。 facebookなどとは違って、記事を書く際には、画像の配置や順番、文章の構成や編集、全体の見せ方について考えさせられることになります。 短いながらも、起承転結が必要なのです。 そういう意味ではストーリーの組み立てを考えることが必要で、コンテンツホルダーでないとなかなか書けない媒体だと思います。 そうしたことを実感しつつ、世の中のブログを見てみてみると、40代の人のブログがものすごいのです。 20代のブログって行間を広く取って、絵文字も交えつつ口語で綴られていることが多いですが、内容はライトでfacebookの延長のようなものが主です。 しかし、40代の書く記事は、それとはまったく異なり、多くが自分の人生観まで語る濃い内容になってます。 特に男性のブログは凄まじいですね。 移ろいゆく事象を取り上げるのではなくて、記事には書き手の揺るぎない信念だったり、強いポリシーを感じさせ、文体にもそれが現れてます。 構成や編集を意識するあまり、より深いネタのようなものを書かざるを得ない結果になっているのではないかと推測しているのですが。 僕のPCには2、3人の濃い40代の人のファッションブログがブックマークされていますが、この方たち、自分のファッションコーディネート画像をアップしたり(しかも絶対に顔は出さすに、首から下だけ)、こだわりのお宝を紹介したり、とにかく書いているネタがすごいのです。 単純な「お洋服紹介」「好きなモノ紹介」ではなく、強いこだわりに貫かれたうんちくが書かれていて、一分の隙もありません。 個人の主観、育った環境、若いころの経験に裏付けられた深い考察を交えた、それはそれは、偏っていながらも深い深い、めくるめくおじさまワールドが展開されているのです。 ジャズやワイン好きな人の話を聞いているのとちょっと似ています。 共通してそこにあるのはクラシック回帰ですね。 貫かれているのは、○○でなければならない、というこだわりです。 自分の得意分野には誰にも譲れない自分なりの尺度や信念がある、ということですね。 今日は晴れてて気分がいいから衝動で買っちゃったー可愛いでしょ、みたいなライトなノリは微塵もないのです(ちょっと怖いです) 決して悪いことじゃないですけどね、もうちょっと第3者視点も入れたら素敵なおじさまになれるのになあ、と勝手に思ったりしています。笑 僕がそれを実現できているかは別問題ですよ、あくまで。汗 SNSが気持ちのつながりを求めて、どちらかというとホッとするネタをみんなで共有しあうのに対して、おじさまたちのブログはぬるい情報は排して、独自な路線を突き進んでいます。 でも同じ信念を拠り所としている人たちには響くようで、オタクとも言えるこうしたブログも盛り上がってはいるのですが。 社会的な成功を背景にした特権階級のようなネタの連発で、そこに集まる人も独自の価値観を持った人たちです。 でも僕もそうしたブログを見て勉強したりしています。 かなりの頻度で記事をアップするモチベーション、わかる人にだけわかればよいという、読み手を絞り込んだその内容。 背景に見え隠れするその人のナルシシズム。 何が言いたいかというと、僕のように義務感に駆られて仕事として記事を書いているのとは違って、人にうんちくを語りたくて次から次へ溢れるように情報を発信している人のパワーはすごいなあと言うことです。 そうした情報の発信の仕方をするようになるのが、たぶん40代からなのでしょう。 40代のブログの多くは自分節、自分発信型です。 そんなことは個人の密やかな楽しみとしておけばいいじゃんとも思いますが、我慢できないのもまた40代なのでしょう。 恐るべし40代、いやあ本当に恐れ入ります。 でもこういう人、女子には全然モテなさそうですけどね 笑 一言余計でしたね。失礼しました。
40代のブログが熱い 1
松本 知彦 for Private Time/2012.05.10/仕事
ブログを1度はじめると、会社と同じでなかなか止められません・・・ やみつきになるという意味ではなく、スタートする時は簡単なのですが、一度スタートしてしまうと止める時には勇気と決断が必要ということです。 当然記事を書くには土日も使うし、プライベートな時間であっても何か見つけると、ブログにしなきゃ、などと考えてしまって、自分がどんどん縛られていくのを実感しています。 僕は仕事として文章を書いていますが、プライベートとしてブログをやる気にはとてもなれませんね。 Facebookのように、日常で目についたライトなものをサラッと取り上げたり、他サイトからのシェアネタで、タイムリーな話題を流していればいいのでしょうけれど、プランニングという仕事に就いている都合上、どうしても自分から情報を発信すべき、ストーリーテラーであるべきという意識が働いて、手が抜けず、自分をがんじがらめに縛りつけています。 会社のブランディングのこと、自分が言い出したのだから自分が率先してスタッフの手本となるべきなのではないか、などなどが頭をよぎり・・・・ デジタルメディアの特性である文章を軽く扱って流す感覚に陥ってはならない、という自意識も、それに拍車をかけています。 今日食べたご飯は・・・のようなことは、死んでもしてはいけないと勝手に思い込んでいるわけです。笑 ただのブログにしたくない、してはいけない、という強迫観念からイラストまで描いているので、これがもう大変で大変で・・・・ 勤務時間には通常の業務を、そして土日はブログの記事執筆に時間を割いているのです。 (誕生日のスタッフの似顔絵を描くのも土日ですけど、、) 自分で自分を縛りつけているので、こればっかりは仕方ないのですが。 ブランド発信という、、、これは仕事ですからねえ。 一方で他のブログを見てみると、それはそれはすごい世界が・・・ 次に続く
SPLASH mini 傘立て
松本 知彦 for Private Time/2012.05.09/ライフスタイル
アッシュコンセプトがデザインした傘立てです。 2003年にグッドデザイン賞を受賞しています。 2種類サイズがありますが、使っているのは小さい方のSPLASH mini。
スプラッシュのネーミングそのままに、水たまりに落ちた水しぶきの形をデザインコンセプトにしています。 素材はゴム。 傘立てって毎日使うものではないけれど、いつもそこにあるもので、箱や筒状のデザインなどだと視覚的に邪魔で、狭い玄関ではどうしても場所を取ります。 しかし、この傘立てはコンパクトで、最小限の場所しか取りません。 高さのある傘立ては存在感があって無骨だし、晴れた日でも玄関に常にたくさんの傘が刺さっている傘立てがあるのもあまりよいものではないし。 この傘立てだと、傘をしまえば傘立ての存在感はないし、傘立て自体も必要のない時はしまっておけるサイズです。 使う時は、最大7本まで差せるので自宅での使用なら十分でしょう。 無印のシンプルな傘立てもいいですが、それよりも差せる本数は多いです。 水を入れて花を生けたり、ペン立てとしても使えますってサイトに書いてありますが、それはさすがに無理があるのじゃないかと・・・笑
ロンドン おまけ
松本 知彦 for Private Time/2012.05.08/旅
先日、ジャクソン・ポロックの展覧会に行った際、オールオーヴァーという絵画の専門用語について知りました。 オールオーヴァーとは、画面上に中心と部分の関係を作らず、全体を均質に取り扱っている絵画様式を指します。 ロンドンの路上の写真もこうしてみると、オールオーヴァーアートのように美しいですね。 機会があったら、東京の路面と比較してみようかなあ。
ジャクソン・ポロック 1912-1956
松本 知彦 for Private Time/2012.05.01/クリエーター
現代美術に詳しくない人でも、この絵を1度は見たことがあるでしょう。 1950年代に絵の具をまき散らしたような画風で、一世を風靡したジャクソンポロックです。 先日、ジャクソンポロックの生誕100年を記念して東京国立近代美術館で開かれている回顧展に行ってきました。 ポロックの回顧展が日本で開かれるのは、はじめてだそうです。 国内の所蔵作品だけでなく、世界から集められた作品群を一同に見られるのは、今回限りだろうと言われていますが、 中でもイランのテヘラン美術館から、200億円の値がついているポロックの最高傑作「インディアンレッドの地の壁画」も出品されているのが話題になっています。 これは行かなきゃと思ってました。
行ったのはGW前半ですが、美術館には並ばずに入れました。 ヨーロッパでは美術館に入るのに散々待たされたので、これだけでも本当に日本はいいなあと感じましたね。 会場もそんなに混んでなくて、割とゆったり鑑賞できます。
以前あったカフェがなくなってました・・・・美術館にカフェは必要でしょ
展覧会は4部構成になっています。 まだアクションペインティングの作風が確立されていない20代。 ピカソを超えようと、シュルレアリスムに接近した30代前半。 ポーリングと呼ばれるアクションペインティングの技法で世界的に知られるようになった30代後半。 そして絶頂を極めた後、苦悩する晩年のポロック。 僕が一番興味深かったのは、絶頂を極めた30代後半以降のポロックですね。 みんなが知っているポロックの絵の具を飛び散らしたようなスタイルは、1947年〜50年のわずか3年間に制作されています。 その後「ブラック・ポーリング」を呼ばれる黒だけを使った作品にスタイルを変えていくのですが、これにより批評家たちからは大バッシングを受け、作品数も減り、ポロックは酒に溺れるようになっていきます。 しかし、個人的にはピークを越えて次のスタイルを模索している時に描かれた、この黒の一連の作品が一番好きでした。 東洋の書の影響について本人は言及していませんが、毛筆のようにも見えます。 そして元々アル中だったポロックは、全盛期以降再び酒に溺れるようになり、泥酔状態で車を運転し、44歳で亡くなってしまうのです。
書のようなリズムです。
展示の最後に、ニューヨークにあるポロックのアトリエを再現した部屋がありました。 ニューヨークと言っても、都市から3時間は慣れた田舎町にある木造の小屋のようなアトリエです。 ピカソをずっとライバル視してきたポロックは、芸術の都パリからアートの発信地をニューヨークへ移し、後に出てくるウォーホールなどのアーティストへの橋渡しをしたと言われています。 5月6日まで開催されていますから、皆さんも是非見に行ってみてください。
再現されたポロックのアトリエ
床が作品のようです。
ロンドン6 さらば青春の光
松本 知彦 for Private Time/2012.04.27/旅
ロンドンにいるもう一人の友人、それは同じ大学を卒業した女子です。 当時19歳だった僕には、仲の良い女子の友人が4人いました。 彼女たちと一緒にいろんな所へよく遊びに行きましたね。 話題のレストランだったり、ナイトクラブだったり。 4人のうちの1人が、今回の旅で逢う友達でした。 ブランドコンサルを手掛けるデザイン会社のグラフィックデザイナーで、イギリス人建築家デビッド・チッパーフィールドの事務所に勤める旦那と2人でロンドンに住んでいます。 他の3人はと言うと、1人はスペイン人と結婚してスペインへ、もう1人はイタリア人と結婚して現在ミラノ在住、あとの1人は独身ですが福岡に住んでいます。 誰も東京に残っていないという・・・・笑 理由はよくわかりませんが、僕は昔から海外に行ってしまう女子と仲良くなるのでした。 彼女以外にも多くの友人が今もロンドンに住んでいるはずですが、もう連絡先がわかりません。 そんな美術大学時代の友人に会うこともあって、自分自身が当時カルチャーショックを受けたロンドンのことを、もう1度、自分なりに復習してみたいと思った旅行でもありました。 70年代サブカルの発信地だったワールズエンドで有名なキングクロードや、カーナビーストリートは、もう当時の面影はありません。 僕が行った頃から見ても、ずいぶん変わってしまいました。 カーナビーストリートではモッズご用達の店シェリーズが一軒だけひっそりと営業していました。 小奇麗になって、カルチャー発信のストリートな感じはありません。
なんだか吉祥寺のようなカフェ気分のカーナビーストリート。
でも、ビートルズで有名なアビーロードの横断歩道は、以前来た時のままです。 近くにあるスタジオも健在、落書きも健在。 変わったことと言えば、以前来た時は観光客なんて誰もいなかったのに、今は横断歩道を渡る順番待ち・・・ やっぱりここにも人が押し寄せているのでしょうか。 想えば、最初にロンドンを訪れた時から、25年以上が経過しています。 ずいぶん昔ですねえ。 同じ場所に、今度は自分の息子と来ているという事実が、なんだか不思議な体験でした。
マニアにはここはマストでしょうね。ビートルズストアへも行きました。
上から、25年前の自分、2012年の自分、2012年の10歳のリンタロ。
25年前の自分と2012年の自分。ピカデリーの像がコンパクトになったように見えますね。
20歳そこそこでロンドンを訪れた時は、映画「さらば青春の光」の舞台となったブライトンまで2時間くらい電車に揺られて見に行ったことを思い出しました。 この映画はWhoの4重人格というアルバムが題材となっていますが、1人のモッズ少年の心の葛藤を描いた映画です。 映画の中にも出てきますが、ブライトンビーチはモッズとロッカーズの大乱闘が実際にあった場所。(ストレイキャッツの歌にも出てきますね) 白い崖が続く港町でなぁんにもないのですが、それでも映画のロケ地を訪ねて感無量だったのを思い出します。
ヨーロッパ旅行の際に、両親へ宛てた手紙。
25年前、パリでの自分。
ロンドンの友人と、以前は車のショールームだったという、メイフェアにあるWolseleyというお店でアフタヌーンティをしました。 このお店、グイネス・パルトローやケイト・モスがよく来るお店として知られています。 インテリアを手がけたのはLondonレストラン業界では有名なDavid Collinsという人。 そんな店で、昔の友人と大学時代の話をするなんて、思い出深いロンドンという街と相まってちょっと懐かしい時間でした。
かなりクラシックな内装でいただく紅茶とスコーン、おいしいです。
これで僕の旅は終わりです。 色々な思い出が詰まったロンドン、今回は自分自身、それを復習する旅でもありました。 リンタロにヨーロッパの街を、本物の芸術を見せることを最優先にしたため、ほとんどの時間をそれに費やしました。 もっと買物もしたかった、レストランも行きたかった、あそこへも行きたかったなどなど、色々思ったりもしますが、それはまた、いつか別の機会にしたいと思います。 彼が大人になって、父親とヨーロッパに行って絵を見たという記憶が、少しでも残ってくれたらいいなぁと思います。 忘れるなよ、リンタロ。 最後に、色々なものが変わっていましたが、これだけは変わっていませんでした。
大きさも、食べた後の胃のもたれ具合も変わってません 笑
ロンドン5 男ならサヴィルロー
松本 知彦 for Private Time/2012.04.25/旅
やっぱり英国と言えば、ここに来ないといけないでしょう。 なんつっても日本の「背広」の語源とも言われるサヴィルローですから。 007の映画「ドクター・ノオ」の中で、ジェームズ・ボンドはサヴィル・ローでスーツを仕立てているという台詞を言うシーンが出てきます。(ショーンコネリー自身が映画で着ているのは、隣のコンジット通りにあるアンソニー・シンクレアで仕立てたスーツ) この通りと並行するリージェントストリート、バーリントンアーケード、それにジャーミンストリートは男子にとっては、たまらない場所です。 しかし今回の旅の目的からはずれるために、残念ながら行く時間はあんまりありませんでした。
知らない人のために書いておくと、サヴィルローとはテーラーが集まる通りの名前で、特にオーダーを専門とする古くからの紳士服の店が多く軒を連ねています。 注文服のことを、話しながら作るという意味で英語ではビスポーク(be spoke)と言いますが、王室や歴代首相、俳優などなど多くの著名人がビスポークのリストに名を連ねています。 ケーリー・グラントやフレッド・アステア、ケネディ大統領からトム・フォードまで、色々な人の名前が顧客リストにあります。 1番地にあるギーヴズ&ホークスからサヴィルローは始まります。 ロイヤルワラント(英国王室御用達)を持つサヴィルローの重鎮とも言えるこの店は、かなり広くてアンティークやメンズコスメ専門のスペースも持っています。 しかし、貴族階級の人が利用する店だけあって、かなり入りにくい・・・・・ 中に入ってみると、重厚な紳士服、、、と思いきや扱っているのはトラッドで、色鮮やか。 シアサッカーとかカラートラウザーズ(英語ではズボンのことをパンツとは言いません)とか、鮮やかなレジメンタルタイ、ポロシャツなどなど。 壁の色がラベンダーに塗られていたりして、ちょっと印象違いました。 店の調度品も含めて、なんだかラルフローレンみたいな店です。 2階がビスポークのフロアになっていました。
2階にあがる階段にはノエル・カワードやショーン・コネリーの絵がかかってました。
1846年創業のヘンリープール。 サヴィルロー最古のテーラーです。 あの白洲次郎がオーダーしていたことでも知られていますね。 テーラーが半年に1度来日して、伊勢丹新宿店でもオーダーできます。 ハーディ・エイミスはメンズウェアとレディースウェアの双方を扱った世界で初めてのテーラー。 映画「2001年宇宙の旅」のコスチュームデザインを担当しました。
ヘンリープールとハーディエイミス。ヘンリープールの工房は上から覗けます。
ハンツマンは1849年創業。 ロイヤルワラントを持つ格式あるテーラー。 そのハンツマンでヘッドカッターとして修業して独立したのが、リチャード・アンダーソンです。 しかし独立後、隣に店を出すって、あんまり考えられないですけどね。 こちらも青山のヴァルナカイズなどでオーダー可能。
ギーブス&ホークスとクラシックで派が分かれるハンツマン。
そして最近注目を浴びている若いテーラーの店もあります。 あのデヴィッド・ベッカムも愛用している2002年にサヴィルローに開業したスペンサー・ハート。 ここのスーツ、僕は2着持っていますが、60年代のジャズにインスパイアされた細いラペル、1つボタンのモードなスーツです。 去年できたメイフェアの新しいお店にも行きましたが、案内してもらった地下のオーダーサロンがものすごくゴージャスでした。 ボンドの映画で実際に使われた時計が展示されていたり、007ゴールドフィンガーの映像が流れていたり、リンタロは興奮していましたね。 英国で007を見るっていうのはなんともよい体験。
こちらはサヴィルローに程近いメイフェアのお店の外観。
ニック・テンティスは、2010年にオープンしたサヴィルローの中で一番新しいお店。 地下には床屋があって、覗きにいくとちょうど子供がカットしてもらってました。可愛い。 店のインテリアは映画「2001年宇宙の旅」のラストシーンから取られています。 ここでちょっとだけ買物を。 シャツはおじさんに採寸してもらいましたが、スーツの採寸はなんと背の高いモデルみたいな美しい女子。 ニヤけてます?笑
一番下はお店の内装、下から2つめは2001年宇宙の旅の1シーン、似てますね。
他にもアビーロードのジャケット撮影でビートルズの衣装を手がけたトミー・ナッターの店ナッターズや、90年代にニュービスポークの旗手と言われたオズワルド・ボーティング、リチャード・ジェイムスのお店、日本じゃあんまり知られてませんが、トミー・ナッターも一時在籍したキルガーなどもあります。 サヴィルローから少し行ったところには、バーリントンアーケード。 1819年にオープンした当時そのままの形で、200m足らずのアーケードに40店舗くらいの高級店が並びます。 ここには香水のペンハリガン、靴のクロケット&ジョーンズなどがありました。 バーリントンアーケードを抜けるとジャーミンストリートに入りますが、この短い通りにも名だたる名店がズラリ。 ロイヤルワラントを持つシャツで有名なターンブル&アッサー、ヒルデッチ&キー、ハケット、靴のジョンロブ、エドワードグリーン、トリッカーズ、007も持っていたアタッシュケースで知られるスウェインアドニー、グルーミング用品専門店Taylor Of Old Bond Streetなどなど。 女子にはわからない、ダンディズムの極みです。
1854年に開業したTaylor Of Old Bond Streetは圧巻。売っているのはブラシや石鹸のみ。
しかし、ロイヤルワラントを持つこうした名店、中に入ると初老のイギリス人の顧客が多いです。 ガッチガチのクラシック好きでない限り、若いイギリス人は行かないのかもしれません。 ファッションという感じではないですね。 日本の顧客は若いですが、本国は決してそんなことはないということです。 日本で言うと、銀座の英国屋、一番館、信濃屋みたいな感じなのでしょうか。 しかしサヴィルロー、もっとゆっくり見たかった。 美術館に時間を取られて、ほとんど時間はありませんでした。 まあ、今回はそういう旅ですからね。 続く