げんきなマドレーヌ / ルドウィッヒ・ベーメルマンス 瀬田貞二訳 1939

松本 知彦 for Private Time/2013.06.04/本

こちらも古典的というか絵本の王道ですね。
なんと言っても80年くらい前に描かれた絵本という、、、それが現代でも読み継がれているのですから普遍的な何かがあるのだと思います。

imgマドレーヌのシリーズ第一作です。

マドレーヌはパリの寄宿舎で生活するアメリカ生まれの小さな女の子のこと。
このマドレーヌを主人公にしたシリーズ、その第1作がこの「げんきなマドレーヌ」です。
発刊は1939年。
古いっすねえ。
シリーズは全部で12冊。
シリーズの中で、マドレーヌはロンドンやローマに行ったり、アメリカのホワイトハウスまで行っちゃったり、スケールが大きいのがおもしろいです。

img2れつになって、パンをたべ、2れつになって、はをみがき、2れつになって、やすみました。 グッドな日本語訳です。

imgマドレーヌの入院している病院へ、お見舞いに行ったシーン。

パリの寄宿舎には12人女の子がいて、その中でも一番小さいのがマドレーヌ。
ある日マドレーヌは盲腸になって、救急車で病院に運ばれます。
11人の女の子が病院を訪れるとお見舞いのいただきものがたくさんあって楽しそう。
退院したマドレーヌは傷を見せて自慢すると、女の子はみんな盲腸になりたいと言い出す、という、、ストーリー自体は他愛もないものです。
でも先生や友達とのやり取りが生き生きとしていて、楽しい。
出てくるのが全員女の子なので、どっちかっていうとい女の子の子供に読んであげると、喜ぶかもしれないですね。

本はカラーと、黄色と黒の2色刷のページに分かれています。
カラーページには、エッフェル塔、コンコルド広場、オペラ座、バンドーム広場、ノートルダム寺院などなど、パリの名所が効果的に出てきます。

作者のベーメルマンスはオーストリア人。
父親はベルギー人の画家でした。
16歳からアメリカに渡ってホテルで働きながら絵を習い、第1次世界大戦(!)を挟んで、除隊後にニューヨークで絵本を発表して評判になります。
「マドレーヌ」という名は、奥さんの名前だそうです。
ベーメルマンスの経歴を知ると、マドレーヌがヨーロッパやアメリカを行き来するのが理解できる気がします。
当時は外国の情報がそれほど入って来なかった時代ですから、異国の情景を舞台にしたストーリーはみんなワクワクしたんじゃないですかね。

img2作目、マドレーヌと犬。

img左のページにサクレクーレ寺院が見えますね。

続いて出版されたのが「マドレーヌといぬ」
セーヌ川に落ちてしまったマドレーヌを助けた犬、ジェヌヴィエーヴとマドレーヌを描いたこの本でベーメルマンスはコルデコット賞を受賞しました。
この絵本、ここでは書きませんが、ラストのオチがいいんですよね。

img

スイミー / レオ・レオニ 谷川俊太郎訳 1963

松本 知彦 for Private Time/2013.06.03/本

こちらも小学校の教科書に出てくる有名な絵本なので、ご存知の方も多いでしょう。
オランダ出身の絵本作家、レオ・レオニの描いた絵本です。
スイミーとはこの本に出てくる黒い小さな魚の名前。

img教科書にも出てくる有名な絵本ですね。

なんと言ってもこの本の特徴は、すべて版画の技法で描かれていることです。
版画というより、スタンプと言った方が近いかもしれませんが、そのカタチをしたモチーフに絵の具を塗ってペッタンペッタン、スタンプアートとでも言える技法で全ページが作られています。
それが幻想的で美しい。

img全部スタンプなんですよね。

img黒いまぐろに仲間がみんな食べられちゃうシーン。

img1人ぼっちになったスイミーは海の中を旅します。

ストーリーも特徴があります。
赤い魚の兄弟、仲間の中で、なぜか1匹だけ黒いスイミー。
ある日、仲間は大きなマグロにみんな食べられてしまいます。
一匹だけ生き残ったスイミーは、それから海を一人で旅して、自分の仲間にそっくりな赤い小さな魚たちに再び出会います。
でも彼らはマグロに食べられることを怖がって、岩陰から出てこようとしません。
そこでスイミーは考えて、みんなで大きな魚のカタチになって泳ごうと提案。
1匹だけ黒いスイミーは大きな魚の目の役目をして、みんなで力を合わせて大きな魚を追い出す、、
というストーリーです。

img魚のカタチになってまぐろを追い払うシーン。スイミーは目になっています。

みんなで力を合わせれば何でもできる、と読めそうですが、スイミーこそが作者のレオ・レオニ自身であり、芸術家として他の人が見えないことを見る役割を自分が果たすということを、この絵本に込めたとも言われています。
オランダで生まれ、結婚してイタリアで生活していたレオは、当時のイタリアファシスト政権に反対し、アメリカに亡命。
この本が描かれた1963年、アメリカで既に名声を得ていたレオは、あえてイタリアに帰国し、自分の絵本を自由に発表し始めた頃でした。

ページにはテキストは少なく、ほとんど絵だけで理解できるようになっています。
この手法は1959年のデビュー作「あおくんときいろちゃん」から変わらない気がします。(この本も持ってます。)

うちには、気が付けば絵本が100冊以上あるんです。
絵本って視覚的にストーリーを伝える、ビジュアルコミュニケーションの原点みたいなもので、作家の表現力、伝えたいこと、色々なことがとても勉強になります。
子供向けだから、と言ってあなどれないのです。

profile

recent entry

category

archive

saru

ページトップ
表示切替:モバイル版パソコン版