Shakey's 

松本 知彦 for Private Time/2014.05.30/食べる食べる

ずーっと気になってました。
街でサインは見かけるものの、いつかなくなっちゃうのじゃないかと心配していたんです。
だから早く行かなきゃ行かなきゃと、長い間思ってたんですが、やっと行く機会がありました。

img30年前とあんまり変わってません

シェイキーズは高校生の時から、デートや友達と一緒に何度も行きました。
もちろん当時は石釜で焼くナポリピザなんて日本にはありませんでしたから、シェイキーズでも十分おいしいなあと感じて食べていました。
宅配ピザもなかった。
だから店でピザを食べる時間というのが特別な時間で、なんとも非日常なイベントだったんです。
シェイキーズのせいで、ピザ=イタリアという認識はなくて、ピザはアメリカのものだと勘違いしそうなくらいでした。

imgめっちゃ辛いポテトとデカいプラスチックのコップに入ったジュース。変わってない!

imgピザが辛いのも変わってない!

シェイキーズの特徴はまずポテトが辛いこと笑、それに比例してジュースがデカいことです。
ポテトは他では味わえない色んな意味で最強の味で、あまりに辛いのでただでさえ量の多いジュースを何杯も飲んでしまうという、、、
ポテトほどじゃないけど、ピザも同じように辛い 笑
何年ぶりに食べたら、味がまったく変わってなくて嬉しくなっちゃいました。

シェイキーズの注文システムは変わっていて、カウンターのレジで注文するとプラスチックの番号札を渡され、それを持って席で待っていると、できあがった順にマイクで番号が呼ばれて、自分でカウンターに取りに行くシステムでした。
でもシェイキーズの店舗はどこの店も、デキシー&ジャズの生演奏が入っていて、結構騒がしく、マイクの声が聞き取れない。
そうすると注文したピザは、ずーっとカウンターの保温ライトの下に置かれたまんまの状況が当時多発していました。
このシステムは残念ながら現在は変更になってしまっていて、他の普通の店と同じように席で注文すると運ばれて来るシステムに変更になっていました。

img食べ放題のコースもあって、昔はカウンターから勝手にピザを持って行ってもよかった。

あとジャズの生演奏もなくなってしまっていた。
店によってメンバー構成が異なっていて、小さい店は小ユニットで、大きい店は4人以上の編成で演奏していました。
発砲スチロールのカンカン帽を被って、バンジョーやクラリネットを吹くおじさんの演奏は、若い客層とまったくマッチしてませんでしたが、アメリカ南部のカルチャーを伝達するエンタテイメントとして、前述したように非日常な雰囲気を作り出していました。
シェイキーズの名物とも言うべきこのバンド演奏は、今はきっとなくなっているだろうとは思ってましたが、やっぱりなくなっちゃっていたのは残念でした。
でも味は変わってないので、昔を懐かしんで皆さんも是非辛いポテトを食べに行ってみてください 笑
ファッションも80年代が流行ってますからシェイキーズも是非。

「ヤァヤァヤァ!タカヨン展」コミックワークショップ

松本 知彦 for Private Time/2014.05.28/クリエータークリエーター

今、オフィス3階のSPACE8では「ヤァヤァヤァ!タカヨン展」が開催されています。
展示会名は本人がつけたものですが、これがビートルズの映画をもじったタイトルだと気がつく人は少ないかもしれませんね。
タカヨンこと秋山貴世はロンドン在住のイラストレーターです。(英国つながりということで、そのタイトル)

img皆さん、時間があったら是非お越し下さい

彼女は僕と同じ大学の出身で、卒業して少し働いたあとロンドンへ渡り、ミックジャガーも卒業した有名な美術大学セントマーティンズでイラストを学びました。
その後プーマでデザイナーとして働いたあと、今ではロンドンでフリーのイラストレーターとして活躍しています。
2年前、僕がロンドンに行った時は本当に色々お世話になりました。
渡英してもう12年とのこと。
現地でパンドを組んでいるみたいで、今回はそのバンドのメンバーたちと来日しています。

imgフランスで出版された漫画の原画や書籍など

会場では、イラストが採用されたダンヒルのスカーフやフランスで出版された漫画の原画、今まで出版された書籍などが展示されています。
ジクレープリントと呼ばれる、日本だと高画質なインクジェットのようなプリントも多数展示/販売されていて、会場にいるだけで独自の世界観が楽しめます。

img森の中で絵を描いてるみたいです。

img子供たちは思い浮かべたものを自由に描く

imgお父さんやお母さんも、大人だけの参加でも楽しめますよ。

このあいだの日曜、会場で子供向けのコミックのワークショップが開かれました。
用意された大きな紙に、自分のお気に入りのキャラクターを描きましょうというもの。
彼女は自分が作り出した独自のキャラクターを主人公に、漫画や動画の作品を作っています。
それを手本に、同じように自分の好きなキャラクターを作りましょうというワークショップでした。
これが森の中で自由に絵を描くみたいな空間でとっても良かった。
グリとグラのような世界観の中で、好きな絵を描いているような雰囲気です。
この時は海の生き物というテーマでした。
大きなキャンバスに自分の好きなものを描くという経験は、普段できそうでなかなかできませんよね。
まず学校では、そういうことをする機会はないのじゃないかと。
色々な子供たちが集まって好き勝手に描くという行為は、他の子や大人が描くものをすぐ隣で見れたり、1つのキャンパスが複数の描き手によって作品になっていくというプロセスを学ぶことができたり、頭ではわかっている当たり前のことのようですが、「体験」という意味ではなかなか経験できないことだと思います。
それが今回のワークショップで体験できます。

img完成した作品を飾りました。

imgみんなで記念撮影

このワークショップは今度の日曜にも行われます。
6月1日 日曜日、14時から。
無料で予約も必要ありません。
小さい子から大きい子まで、もちろん大人が参加しても楽しいと思います。
皆さん是非ご参加ください。
展覧会は3日まで。
http://space8.jp/schedule/2014_05/

ブーランジェリー・プーヴーの絵を描きました

松本 知彦 for Private Time/2014.05.26/食べる食べる

いやはや、本当にお待たせしてしまいました。
代々木上原にあるパン屋さん、boulangerie pour vous(ブランジェリー・プーヴー)の絵です。
以前、お店の奥さんに絵を描いて欲しいとお願いされていたのでした。

img代々木上原駅から3分くらいの場所にあるこじんまりとしたお店

思えば、巷にブランジェリーという言葉が定着したのは最近のこと。
フランス語でパン屋を意味します。
昭和のパン屋と何が違うのか?と言われると困っちゃいますが、食パン(!)ではなくてフランスパンをメインに売っているお店のことなのかな?
そんなブランジェリーの名前で、代々木上原周辺に最初に出現したのがプーヴーでした。
そのあと同じカテゴリーのお店があちこちに出来て、駅周辺は相当なシェア争いになっています。
なぜかわからないですけど、ラーメン屋は全然ないのに、パン屋と整骨院はもの凄い勢いで増えました。
このあたりに住んでいる人のライフスタイルは、パンを食べてマッサージを受ける人が多いってことでしょうか。
他の駅もそうなのかな?
代々木上原の周辺で、そんな新しいライフスタイル提案の口火を切ったのはプーヴーからだったと思います。
かなり早かった。
だから上原近辺では老舗なんです 笑

imgこちらお店のエントランス。

奥さんの希望で、絵はリニューアルする前の様子を描きました。
今はインテリアが改装されて、店内の雰囲気は少し変わっています。
でも揚げパンの味は変わらない。
以前もこのブログでお店を紹介したことがありますが、その時に描いた絵は売れてしまったので、新しく描いて欲しいと以依頼されたのでした。

以前の記事と絵はこちら。
勝手に書いた絵と、依頼されて描く絵は完成度が違います 笑
http://blog.10-1000.jp/cat37/000881.html

その時の記事にも書きましたが、このお店の個人的な一番のオススメは揚げパンです。
柔らかくておいしい。

img今回も、もちろんトレースなど一切なしのフリーハンドですよ

img水彩でサラッと色を塗るとこんな感じ。

お店に通っているうちに仲良くなった奥さんも穏やかないい人で、パンも優しいというか、味にも人柄が出る?っていうのはあるのかな。
競合店も今はたくさんありますが、変わらずにずっと営業して欲しいお店です。

「劇画バカたち!」フランス語版が出版されました

松本 知彦 for Private Time/2014.05.22/私の履歴書私の履歴書

先日、フランスから会社に段ボールが届きました。
なんだろう?と思って中を開けてみると、、、、これが父親の漫画でした。
父の本がフランス語版になったのでした。

imgフランスから届いたのは父の本でした。

img元となったのは単行本「劇画バカたち!」

元になったのは「劇画バカたち!」という作品で、父親が1979年から小学館のビックコミックに連載していたものです。
2009年に青林工藝舎から再販されました。
現在アマゾンでも買えますので、興味のある方は是非読んでみてください。

作品の内容は、まだ劇画という言葉がなかった1950年代、大阪の日の丸文庫に集まった若い漫画家たち、さいとう・たかを、辰巳ヨシヒロ、松本正彦の3人がそれまでのマンガに代わる新しいマンガを生み出すために、文字通り馬鹿のように夢と人生を賭けて打ち込むという、劇画誕生までの物語です。
厳密に言うと父親が「駒画」という名称とコンセプトを最初に考案し、それが2年後の辰巳さんの「劇画」につながり、最終的にはさいとうさんのゴルゴ13などの作品によって日本中に定着しました。
まるでバトンを渡しているかのようですが、3人の志向性がよく表れていると思います。
「劇画バカたち!」から16年後、辰巳さんも同じテーマで「劇画漂流」という作品を描いていますが、こちらも「劇画バカたち!」から着想を得ているのは間違いないでしょう。
作中には、巨人の星の川崎のぼるや楳図かずおなども出てきます。

imgこちら日本語の「劇画バカたち!」

img同じページのフランス語バージョン

img日本版と比べると、大きさも厚さも違います。

img表紙のデザインも。

しかし25年も前に描かれた作品がフランス語になるなんて。
フランス版は日本の単行本よりサイズが大きくて、ハードカバーで立派です。
日本のマンガは、フランスではアートとして見られるのでしょうね。
巻末にはさいとうさんのインタビューが収録されていますが、これもフランス語訳されています。
このさいとうさんの言葉に、クリエイティブと経済活動という、現在自分が抱えているテーマが出てきて興味深いです。
「自分は最初からプロの仕事としてマンガを考えていたし、そういう風にしか描けないが、松本や辰巳は自分が描きたいから描くという作家たちで、それがすごくうらやましかった。」
でも、結果的にたくさんのお金を手にしたのはさいとうさんだけです。
それが最終的に良いのかどうかは別として。

imgこちらもかなりのページ数。読み応えあります。

もう1冊、大阪のブレ―ンセンターから出版された「再び大阪がまんが大国に蘇る日」という書籍も、ほぼ同時に届きました。

こちらは貸本時代に隆盛を極めた大阪のマンガについて書かれた本です。
東京の大手出版社が参入してくる前、貸本漫画の時代までは、手塚治虫をはじめ、劇画もそうですが、関西から日本を代表するマンガ家や新しい表現が数多く生まれました。
この本はその時代のこと、大阪がマンガ表現・発信の中心地だった時のことについて書かれています。
冒頭、一番最初に出てくるのが辰巳さんと父親のインタビューです。
本の内容は、かなりマニアック。
マンガの研究者や相当好きな人でないと、ついていけないかもしれない内容ですね。
そんなに売れる本ではないと思いますが、1人でもこうした事実に触れて、興味を持ってもらえたら嬉しいです。

貸本・・・・駒画・・・・劇画・・・・
いま日本を代表する文化となったアニメや漫画、その源流を作った漫画家たち。
父たちが作ったこうした日本独自の文化を、一部のマニアックな人だけでなく、日本のたくさんの人たちに知ってもらいたい、今海外から注目される日本マンガの歴史、出発点を世界の人にもっと広く知ってもらいたい、そんな想いが最近、自分の中に起きています。
そのために海外でこうした劇画の展示を行えないだろうか?そんなことを今少しずつ考えはじめています。

東京ナイトクルーズ

松本 知彦 for Private Time/2014.05.19/東京東京

先週マーク・ダイサム50歳のプライベートバースデーパーティに行ってきました。
マーク・ダイサムはアストリッド・クラインと2人で、クライン ダイサム アーキテクツという建築事務所をやっています。
みんなが知っている代表的な作品は、最近だとやっぱりTSUTAYA代官山でしょうね。
僕は20年前から友人で、昔はたくさん一緒に遊びに行ったり、家に泊めてもらったり、自宅をリフォームしてもらったり、うちのオフィスをゼロから建ててもらったり、、
先日このブログでも紹介した僕の誕生日会にも来てくれました。

img場所は彼らが運営しているクリエイティブイベント、ぺちゃくちゃナイトでおなじみスーパーデラックス

さて、六本木のスーパーデラックスで行われたこのイベント、アメリカからは同じく50歳を迎えたMTVの初代ホスト役でPodcastの父と呼ばれるAdam Curryという人を招いての合同誕生パーティみたいでしたが、僕はこのAdam Curryという人については良く知りません。
プライベートパーティなので限られた人しか入れない会でしたが、そのせいもあるのか豪華な出演陣でした。
タランティーノの映画キルビルへの出演をきっかけにメジャーとなったガールズガレージバンド5678’s。
グラム時代のバンド、モットザフープルのキーボード奏者モーガン・フィッシャー。
デコラティブな現代美術の開拓者 宇治野宗輝とブラボー小松のライブ。
他にもたくさん。
いやあ、すごかったですねえ
なんだか以前、このブログに書いた漫画家二世会にも似た、、、異端が集まる会でした 笑
やっぱり先端とは異端なんでしょうね、きっと。
でも東京は、常にこうじゃないきゃいけない、とどこかで安心もしたり。
懐かしくもある夜でした。

img宇治野宗輝(左)とブラボー小松(右)のライブ

imgこの人が友人の宇治野宗輝

imgバイクのスロットル操作によって光って音が出る男根は、その名もラブアーム。

今回この会にお邪魔したのは、もちろんマークに誘ってもらったからですが、それ以外にもう1つ、宇治野宗輝に会うという目的がありました。
彼も20年くらい前からの友達ですが、その頃から既に現代美術の人で、今回はブラボー小松と2人でライブをするので是非とのこと。
宇治野氏は麻布高校から芸大という変わった経歴の男で、ベースが弾けるので一緒にバンドをやったこともありますが、佐藤可士和と3人で遊んだこともありました。
以前は一緒にイベントをやったりしたものです。
久しぶりに会いました、というかライブを見ましたが、作品のテーマは全然変わってない 笑
いや、むしろバージョンアップしていて、見応えありましたね。
彼は以前からデコトラ(デコレーショントラック)やヤンキーの改造車、はたまたそうした一連のスタイルへの興味から、それらを研究して作品に反映させていました。
結果、音と光が出るマシンを自分で制作し、それらを用いてライブ活動を行うことへつながっていくのです。
このあいだまでは元コンプレッソ・プラスティコの松陰浩之さん(今やEテレで現代美術の解説者!)とゴージャラスというユニットを組んでライブを行っていました。

imgブラボー小松はコスチュームもすごいけどギタープレイも悶絶。

ブラボー小松は以前高木完と一緒にやってたバンド、東京ブラボーの頃から知ってますが、その時から昇天しそうな悶絶ギタープレイがものスゴイ人でした。
超絶ギターとデコラな現代美術、、、すごかったなあ。
両方その道何十年のプロですからね。
今、宇治野とブラボー小松の2人は、元ピチカートファイブの野宮真貴さんとバンドを組んでますが、、、
これもすごい組み合わせ・・・・・

img僕が20代の時からライブを見ていた5678’s

それが終わると5678’sのライブ。
この人たちも若い時からずーっとガレージパンク1本でやってる人たちで、いくつだろう、、、たぶん年齢は僕より上なんじゃないだろか。
モーガン・フィッシャーと即興で共演してましたが、熱海の温泉旅館のショーみたいで、別の意味ですごかった。。



肝心のマークのことについて書くスペースがなくなっちゃいました 笑
スパーデラックスを出たあとは、渋谷にあるこれまた友人の設計した新しいお店に。
この友人、以前ブログでも紹介しましたが、僕がやってるバンドのキーボード担当で、夜遊びをライフワークとしている男です。
この日は山咲千里のコスメイベントがあるので来ないか?ということでしたが、同時にバーレスク、ポールダンスのショーもあって、いったいなんのイベントかわからない会でした。(スーパーデラックスでもショーがありましたが、今バーレスクやポールダンスは東京のあちこちで流行ってますね)
行ったのは深夜ですが、店は女子でほぼ満席。
しかし山咲さん、詳細は書きませんが、こちらもスゴイ・・・・

img出来たばかりだけど、店は流行ってるみたいです。

この日の夜は、結果的に一晩でお店を4軒ハシゴしましたが、最近のイベントは入場無料が多いので、以前と比べるとお金がかからず、これはいいことですね。
久しぶりにナイトクルーズしましたが、違う種類のスゴイものを連続で見たので、1つ1つのディテールの記憶がなくなっちゃいました。笑
東京の最先端のクリエイティブシーンって、こうなんだろか?
きっと雑誌の記事になったら、カッコいいっていうパッケージになるんでしょうね。
東京にアンダーグラウンドというものは存在してませんが、そんなシーンがあれば街はさらに魅力的です。

アーロンチェア

松本 知彦 for Private Time/2014.05.16/仕事仕事

最初に書きますが、今回やたら括弧表記の言い訳が多いです笑 あしからず。
言うまでもなく、オフィスチェアの王道です。
うちの事務所では、全員この椅子に座って仕事をしています。
(と書いている時は分室がなかったのですが、分室ができて今は違う椅子になりました)

img

img同じアーロンでもサイズ違いがあったり、可動のシステムが違ったり色々あるんです。

会社って寝ている時間を除けば、家にいるより長い時間いる場所かもしれない。
だったらそこで働く人のために、こうしたところにはお金をかけなければいけないと当初は思っていました。
できるだけ不自由がないように、できるだけ快適に過ごせる環境を提供したいと。
(というようなことを、スタッフの数が少ない時は思ってました・・・)

img上が片山正道の事務所、下がうちの事務所。参考にしたので同じ椅子で、似たような内装に 笑

しかし「アーロンチェア?なんスかそれ?知らないっス」ってスタッフに言われた時は、かなりショック・・・・
この椅子が高額だとか、ステータスがあるとかではなく、みんなが快適でいられる環境作りに投資をしているのに、まったく感知してないことへの落胆。
「デザイン業、モノ作りに携わるならそのくらいは知ってろよ、お前。常識だぞ、常識」って言いたくなりますが、そこをグッとこらえてですね。。。ハイ、汗

そんな僕を横目に
「アーロンチェアは知らないっスけど、僕はこっちの方が座りやすいっスから。こっち座らせてもらっていいっスか?」って、アスクルで買ったアーロンチェアの10分の1以下の価格の椅子を選ばれちゃうと。。。う~ん。
あ、あ、そう・・・って感じなんですが・・・
人によって響くところが全然違うんですよね。
クリエイティブ職に従事してたら、ある程度共通のセンスや知識を持ってるはずっていうのは、幻想です。

imgこれが1人分のセット。デスクは一人あたり横幅160センチ。デスクはオリジナル造作です。

とにかく、うちの事務所では揃えてアーロンチェアに座って働いているわけです。
(現在の本社は、、、ですね。分室ができて正確には以前は、、、になってしまいました。
しかし、上記のようにスタッフとのやり取りからアーロンチェアにする意味はまったくないことを学んだのでした・・・)
この椅子、家で使っている人も多いと思いますが、僕は家では使う気にはなりません。
ちょっとメカニカルで図体も大きく、家庭で使うにはハードな印象。
リラックスして座るというより、戦闘態勢の時に使う椅子のような気がします。

アーロンチェアは、ドン・チャドウィックとビル・スタンフの2人のデザイナーによって、1994年にアメリカのハーマンミラー社から発売されました。
ランバーサポートとポスチャーフィットの2種類があります。

高橋真琴さんを知ってますか?

松本 知彦 for Private Time/2014.05.14/クリエータークリエーター

今、密かに計画していることがあります。
少女漫画イラストレーターの第1人者として知られる、高橋真琴さんの展覧会です。
それをSPACE8で開催することを計画しているのです。

img知らない人でも、きっと1度は絵を見たことがあるでしょう?

ご存じない方のためにちょっと説明しますね。
大阪で生まれの真琴さんは、自身のキャリアを貸本マンガからスタートさせます。
貸本マンガとは、今のように本屋で書籍を購入するのではなくて、お店で本を借りて期日までに返却するシステムを言います。
有料の図書館みたいなものですね。
安価に、一人でも多くの人が本を読めるシステム。
1950年代、貧しかった日本には、こうした貸本マンガ専門店が全国津々浦々にありました。
まだテレビも、大手が発行する少年漫画雑誌もない時代、貸本マンガは子供たちを夢中にさせる数少ない娯楽の1つでした。
それまで完全に子供向けだった漫画に代わる新しいマンガ「劇画」もこうした貸本マンガの中から生まれます。
その原点となったのが、大阪にある日の丸文庫が発行した「影」というオムニバス形式のマンガ雑誌でした。
真琴さんもここで最初はマンガを描いていました。
しかし上京後の70年代には、マーガレットやリボンなど少女漫画の表紙のイラストを手掛けるようになります。
大きな瞳の中にキラキラした輝く星を描いた可愛い少女のイラストで一世を風靡し、そのイメージを全国に定着させました。

img少女の瞳にキラキラ輝く星は真琴さんの定番です。

全国に広がったデコラティブでガーリーなイメージは、きゃりーぱみゅぱみゅのルーツと言っても過言ではありません。
ロリータファッションやゴスロリのルーツでもある気がします。
今や海外から引き合いが著しい日本独自のKAWAIIカルチャーはどこからスタートしたのか?その1つには真琴さんが作り上げた目のキラキラした少女のイメージがあると思います。
それは単なる少女漫画のイラストというジャンルを超えて、浮世絵と同じように日本独自のアートと呼ぶのに相応しい。

img真琴画廊にお邪魔しました。

img若き日の父と真琴さん。2人とも20歳くらいの頃。

img後列一番右が真琴さん、その隣が辰巳ヨシヒロさん、前列一番左が父、隣はさいとうたかをさん。

そんな真琴さんと初めてお会いしたのは、僕が中学生の頃、新宿で父と2人でいた時でした。
前述の日の丸文庫で、父と真琴さんは一緒に活動をしていました。
その後父は劇画へ、真琴さんは少女漫画へ、進む方向は分かれていきました。
そんなつながりがあって、父の知り合いである真琴さんにも、ぜひうちのギャラリーで展示を行ってほしい、と千葉にある真琴画廊までお願いに行ったのでした。
すでに大御所になっている真琴さん、果たしてOKしてくれるだろうか?

imgその場でサインをいただきました。

imgいただいたサインはなぜか父と連名で 笑

返事は・・・
松本さんの息子さんならぜひやりましょう!
松本(正彦)さんはちゃんとしていた、周りのマンガ家に比べてホントにきちんとした人だった。彼の息子さんなら大丈夫。協力させてください。
とのことでした。
嬉しかったですねえ。
父がいたことで、自分にメリットがあったことは、後にも先にもこれが初めてじゃないかな 笑
ちなみに現在持ち込まれる企画について、ほとんどのオファーは断っているとのことでした。

父の友人である真琴さんの展覧会が実現すれば、とても嬉しいです。
開催は9月になる予定。
近くなったらこのブログでもお知らせしていきます。
SPACE8で行う高橋真琴展、皆さん楽しみにしていてくださいね。

img最近出版された書籍。真琴さんは80歳ですが、本当にお元気。

イーグル 新宿 

松本 知彦 for Private Time/2014.05.12/食べる食べる

新宿にある素敵なバー。
大好きなバーなんですが、知っている人はそんなに多くはないでしょう。
好きな人にしか紹介したくない店ってあるものですが、ここもその1つです。
とか言って、まったくスカしてるわけでもなくて、場所もベタなところにあります。
以前紹介した大好きなこの店のすぐ近く。
http://blog.10-1000.jp/cat37/000428.html

imgえ?こんなとこに?っていう場所にあります。

昭和43年に創業。
それ以来インテリアも当時のままで現在も営業を続けているという、奇跡的な店です。
東京では、どんどんお店がなくなって建て替えられていくため、その中で昭和の時代からそのままそこにあるというのは非常に貴重です。
自分が20代の頃から行っているバーが、今もまったく変わらずに同じ場所に、同じ内装で存在しているというのが嬉しいです。
ヨーロッパじゃ当り前なのに、東京だとそういう店はほとんどありませんからねえ。
悲しいことです。

さて、サントリーラウンジ・イーグル。
まずラウンジっていう響きがよいです。
そして特筆すべきは内装です。
このお店は地下にあるのですが、階段を下りて行くと(この階段もローズウッドの壁に真鍮の手すりというスゴイ組み合わせ)、吹き抜けの空間の天井からは煌めく大きなシャンデリア、床には真紅の絨毯、木と石を使ったゴージャスなインテリア。
文章力がないのでチープな表現しかできませんが、店に1歩足を踏み入れた時のあの感じ、他では味わえない独特の体験ができます。

img50年前のインテリアが素晴らしい。店内は明るいけどそれも昭和ということで。

img働くスタッフは全員ベストにボウタイ。

スタッフが全員男性というのもこの店の特徴でしょう。
しかも全員黒いベストに黒のボウタイ、そしてオールバック。
以前は白髪のおじいさんもカクテルを作っていましたが、こないだ何年か振りに行った時は若い人に代わってました(言うまでもなく同じ格好ですが)
昭和からずっと同じスタイルです。
日活の映画?セット?ここ横浜じゃないよね?そんな雰囲気を地で行くお店なのです。
こういうお店は銀座にもありますが、ここは新宿ですからね。

img木片に引っかかっている紐の先にフックがあり、そこにバッグがぶら下がってます。

カウンターに座ると、小さい木片を渡されます。
これは何?と誰もが思うと思いますが、これがなんと手荷物を収納する際に使う道具なのです。
曲線を描くカウンターには、細い溝があらかじめ作ってあります。
この溝を上から覗くと床が見えます(下まで穴が抜けている)。
渡された木片にフックのついた紐をかけて、その紐を溝の穴に通します。
紐の先のフックに自分の手荷物をぶらさげて、カウンターの穴に通した木片でそれを支えるという、他のどの店でも見たことのないシステム。(文章力がないので伝わっているかどうか不安ですけど)
昭和と言ってしまえばそれまでですが、可愛いなあと思います。
来店時のオペレーションまでインテリアの設計に落とし込まれているなんて。

img価格も昭和!

そして安い!
アーリータイムズのバーボン1杯200円ですよ。
今どき、この価格帯で提供できるお店、他にあるでしょうか?
価格まで昭和なのです。
新宿は僕が生まれた街だけあって愛着がありますが、変わっていくもの、変わらないもの、2つをバランスよく、保ち続けて欲しいですね。
今後もずっと営業を続けて欲しいお店です。

img巨峰のカクテル「セブドール」おいしい。

アンディ・ウォーホル展 永遠の15分

松本 知彦 for Private Time/2014.05.09/クリエータークリエーター

あ~、ここのところ忙しかったり、GWだったりで、この記事をアップするのが遅くなってしまいました。。
GWで終わってしまいましたが、六本木で開かれていたアンディ・ウォーホル展に行ってきました。

img最近の展覧会のお約束で、グッズ売り場は充実でした。

本編と関係ないですが、ウォーホルは僕が高校生の時は、ウォーホールと表記していたのに、いつの間にか気が付いたら、音引きがなくなっていました。
長年の癖で、ついついウォーホールと呼んでしまいます。

さてウォーホルと言えば皆さんは何を想起しますか?
キャンペルスープの缶?
マリリンモンローやプレスリーなどのアメリカンヒーロー?
有名人の肖像画シリーズ?
ベルベットアンダーグラウンド?(あぁルー・リード、、合掌)
カツラ?
死のイメージ?

img会場の上階にはウォーホルカフェなるものも。

imgカフェで期間限定のウォーホルバーガーです。

img景色はいいけどね。カフェにも作品が展示されてて警備員が立ってました。

それまでのアートの概念を破って、世の中に新しい考え方を提示したという意味で、ウォーホルの存在は新しかったと思います。
彼は現在のアートにもつながる戦略や戦術を持ち合わせていて、それらはコマーシャル的でもあり、それまでの純粋ゲイジツだけをアートだと捉えていた人たちの概念を打ち破りました。
表現そのものよりも、戦略やパッケージの仕方が非常に優れていた。
それは彼が元々広告イラストレーターだったことと切り離せません。
写真を元にした複製可能な版画を印刷するということ自体がそもそも商業的であり、それをアートと呼び、さらにお金を払えば誰からの制作依頼も受け付けるという、アートは1点もので希少価値という価値観もひっくり返した。
しかも作品の制作は、本人ではなく、大部分をアシスタントが行っていました。

商業デザインは商品を売るための販促物=人の注目を引いて欲望を掻き立てるためのものですが、同じように人の注目を集める商業的な手法を取りながら、表現を少し変えてギャラリーに展示すればアートとなり、高価で売れるという。。。
商業ビジネスに身を置いていたウォーホルは、こうした消費の仕組みを熟知していたでしょう。
アートと商業デザインの境目をなくし、商業的視点をアートに持ち込んで作品の価値を問うというのがウォーホルだと思います。
そこには美術批評家を飛び越えて、美術の専門家でないコレクターたちの所有欲を掻き立てる、作品の価値=換金性という要素が見え隠れします。
なんだかこうした点は、現代美術作家のダミアン・ハーストが、作家になる前に投資を学び、金融の職業に就いていたことに似ていて興味深いです。
投資のノウハウを美術に持ち込み、投資家(コレクター)をターゲットにその投資対象を自分で作り出すという、表現の前にまずビジネスがあるってことです。
美術には市場があるわけで、その市場ニーズを知らなければビジネスが成り立たない、そして株のように時価が変動する作品の価値を引き上げる努力は、ディーラーと作家の戦略よって行われています。
現代美術っぽいですよね。
作品の換金性に重点が置かれていることは、もしかすると移民で貧しい家庭に育ったウォーホルの出自にも関係あるかもしれません。

imgウォーホルがペイントした車

僕はウォーホルが同じ時代にリアルタイムでその作品を見て衝撃を受けたという、ポップアートの作家、リキテンシュタインくらいまでが好きです。
ウォーホルも嫌いじゃないけど、スタイルが先行してビジネスのかほりがするのって高校生の時からどうなんだろ?って思うところがありました。
もちろんそれがあるからこそコンセプチャルなのであり、現代美術として成立しているのだというのは理解できます。
今の世の中、それがないとそもそも作家として成り立ちませんからね。
しかしながら、そうなる直前の時代の作家たちの、限られた枠の中で表現を追求しようとするやり方に魅かれます。
ポップアートは大好きですが、ローゼンクイストやロウシェンバーグ、イギリスならリチャード・ハミルトン、ピーター・ブレイクたちのアナクロなやり方の方に共感する部分があります。
ウォーホルの表現は現代に通じる要素を多く含んでいるけれど、ファッションやマスコミに接近している分だけ、そこに商機があると宣言しているような部分が、自分にとって違和感があるのです。
村上隆も同じですが・・・
でもそうした戦略が今の時代、はずせないのも事実であって、有名/有名じゃない、金持ち/金持ちじゃない、という差はその戦略の組み立て方にかかっているとも言えるのでしょう。
でも本来芸術ってそういうことではなかった気もするのです。

imgフランフランがクッション作ってました。

imgベルベットアンダーグラウンドのバナナのケースはこんな感じです。

白山眼鏡店

松本 知彦 for Private Time/2014.05.02/ファッションファッション

先日久しぶりにメガネを作ったんですよ。
もちろん遠近両用です笑
老眼の初期って毎年症状が進んで度が変化するので、厳密に言えば都度新しいメガネが必要で、そんなに作ってたらこれはバカになりませんよね。

imgTOM FORDに続いてやっぱり黒ブチ

今回作ったのは白山眼鏡店のメガネです。
これも知ってる人は知っている懐かしいブランドでしょう?
ある年代の人にはおなじみなんじゃないでしょうか。
僕が20代の頃、お洒落なメガネと言えば白山でした。
当時は今みたいにアラン・ミクリもないし、999.9もない、オリバーピープルズはあったかもしれないけど、売ってるところも少ないし、あっても高額で買えなかったんじゃないかな。
大学生の時にはDCブームというバカみたいなブームがあって、友達はみんなギャルソンとかBIGIの服を着て街を闊歩してたんです。
あ、こう言ったら変ですが、そういうDC(デザイナーズ&キャラクターズブランドの頭文字を取ってDCというのです。)ブランドを着てたのは最初の頃は美大生ばっかりで、普通の大学に通ってたマジョリティな学生たちは、FILAとかエレッセとか、代表的なところだとラルフローレンのポロシャツの襟を立てて着てる人ばっかりでした。
だから僕が通っていた大学にそういう人は全然いなかった笑
マジョリティ側からするとギャルソンとかのヘンテコな黒い服とか着てる輩は、変わった人、理解できないアイデンティティを持った人ということで、奇異な目で見られてあんまり話もしてくれなかったことを覚えてます。
DCブームの後半になると、だんだんと普通の人(!)も着るようになっていくのですが。

img一部の人には懐かしいでしょうね。

僕は当時ギャルソンなんて着てなかったですが、そんなDCな僕らが愛したメガネ屋が白山でした。
90年代まではパルコが飛ぶ鳥を落とす勢いで、パルコにはだいたい白山眼鏡のお店が入っていた。
当時パルコに入ってたお店はDCばかりでしたから、その意味でも親和性があったのかもしれないですね。

img上野のアメ横にある本店です。

確か吉祥寺パルコの最上階、渋谷のパルコの地下にも白山眼鏡店があったと思います。
本店の上野店は当時行きませんでしたけど、今のお店の場所と変わってないのかな。
白山でメガネを作るなんて30年ぶり。
これも80年代リバイバルの影響なんでしょうね笑
先日、手塚治虫さんの長男の真さんにお会する機会があったのですが、このメガネにボウタイをしていたら80年代バリバリですね、と言われて「あ、言われてみればそうなのか」と思った次第。
無意識なんですけどね。

しかし白山の接客スタッフは当時から男ばかりでしたが、今もそうであることにびっくり。
しかもほとんどがおじさん。
これだけおじさんの店員を集めている店は初めてでした。
他にありません。
まさか店員も、全員80年代からとか。
いや、きっとそうに違いない。

img店内で写真は撮るのは禁止だそうです・・・・

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