デヴィッド・ホックニー  Secret Knowledge「秘密の知識」

松本 知彦 for Private Time/2011.12.01/クリエータークリエーター

とってもおもしろい本です。
著者のデヴィッド・ホックニーについては、画家として知ってる人も多いでしょう。
イギリスの現代美術家で、プールの絵やポラロイドを用いた作品などが有名ですね。

img

しかし、この本は彼の作品集ではありません。
中世やルネサンス期における絵画の制作技法に関して、独自の調査によって謎を解き明かした本です。
1600年代中頃に活躍したフェルメールは、レンズを用いた光学機器を利用して、実物の映像をキャンパスに写し取り、作品を制作したことは既に知られています。
しかしホックニーは、フェルメールより200年以上も前、1400年代に既に光学機器を利用して描く手法が画家の間で知られていたという仮説を立てています。
この立証方法がとてもおもしろくて、読み進めるうちにどんどん引き込まれてしまいました。
現代ではもう使われなくなった光学機器を組み立て、著者である画家自身がそれを使って実際に作品を描き、証明しているのがユニークです。

img

まず、フランドル絵画から。
制作年は左から1300年、1365年、1425年、そして1430年。
1430年になったところで、作品の描写がいきなりリアルになり、それまであった不自然さがまったく消えています。
1425年から5年の間に何が起こったのか?
これは1420年後半~30年代にかけて、フランドル地方に起こった技術革新によって、画家が光学機器を用いてリアルな作品を描くようになったからだとホックニーは言っています。
それでしか説明のつけようがないと。

img

同じくオランダの画家ファン・エイクが1434年に制作した有名な作品。
ホックニーは、この作品にも光学機器が利用されていることを指摘しています。
一例を挙げると、極めて写実的に描かれたシャンデリアは、本来画家の視点で見上げて描かれていなければならないのに、正面から描かれており、光学機器によって描かれたコラージュであると。
こうした本物らしい緻密な描写をひけらかすために、画家たちは光学機器を利用したとも指摘しています。

img

描きたいモチーフを正面からしか写し取れないというのが、光学機器を使う際の制約条件でした。
そのため、正面から描いた部分の集積で1つの絵画を構成しなければなりません。
結果、近視眼的な複数の視点で、非常に奥行きの浅い空間がそこに生まれることになります。
上の右ページにある写真のコラージュのように。

img

光学機器を用いて複数の視点を1つの画面に構成するコラージュの技法を、最大限に活用したのがイタリアのカラヴァッジョです。
カラヴァッジョが活躍した1500年代には、大きなレンズを用いた光学機器が登場していたと推察され、ファン・エイクの時代より、さらに自然な表現が可能になっていました。
この技法の導入によってカラヴァッジョの作品は大きな話題となり、その影響はたちまちヨーロッパ全土に広がります。
1594年に描かれた作品は、少なくとも視点の異なる4つの部分を、光学機器でバラバラに写し取って構成しているとホックニーは指摘しています。
本来、上から描かれていなければならないテーブルのフルーツも、ここでは正面から描かれています。

img

レンズを用いると実像は鏡像としてキャンバスに左右逆に映ります。
そのため、本来グラスを持つ手は右手が自然なのに、左利きのモデルがカラヴァッジョの登場以降、たくさん描かれることになります。
カラヴァッジョの影響を受けながら、ベラスケス、ラファエロ、レンブラント、アングルなどの画家たちも、光学機器を使用して作品を描いていると、その証拠を挙げながらホックニーは証明しているのですが、この証明のくだりが非常におもしろい。
ダヴィンチのモナリザも光学機器による作品だという記述も出てきます。

この解明によって、ホックニーは評論家からバッシングを受けますが、あくまで実像を写し取るのであって、描くのは人間の手によるものだから、光学機器は画家の才能を否定するものではないと言っています。
しかし、巨匠たちがスライドのような投影技法によって作品を制作していたのが事実であれば、やはり画家のデッサン力を否定することにつながるでしょう。
画面の構成力や陰影における立体感の表現についてのみ、画家の力ということになります。
そして興味深いのが、ほとんどすべての画家が自分の作品の制作手法について他人には語らず、秘密にしていたということです。
だからこの本のタイトルも「秘密の知識」となっているわけです。

最後にホックニーは、空間の捉え方についてエジプトや東洋絵画を例に出しながら、また一方で1つのレンズによる光学機器で描かれた世界と、2つの目によって描かれたセザンヌの作品を対比させながら、リアリティとは何か?について言及しています。
そして、レンズの誕生以降、社会権力の中枢に位置する教会がレンズを秘密に管理していたことを挙げ、カメラの発明によって教会の権力はメディアに移り、今も映像が権力と結びついていることに警鐘を鳴らしています。

いやあ、久しぶりにおもしろい本でした。
謎解きのように、図版で読み進められるので楽しいです。
ヨーロッパの巨匠たちの作品に対する興味の扉を、別の角度から開いてくれます。
オススメ。

profile

recent entry

category

archive

saru

ページトップ
表示切替:モバイル版パソコン版