田中一光ポスター1980-2002  ギンザグラフィックギャラリー

松本 知彦 for Private Time/2012.02.20/クリエータークリエーター

先日、銀座グラフィックギャラリーで行われていた田中一光のポスター展に行ってきました。
この企画展は2008年に行われた「田中一光ポスター1953-1979」の続きで、今回は1980年から亡くなる2002年までの作品を集めたものです。
残念ながら前回は行けなかったので、今回は是非とも行きたい展覧会でした。

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田中一光のポスターは、今までも何度か見ていますが、これだけ一堂に見られる機会もあまりないでしょう。
過去に出演したテレビ番組の貴重なインタビューを編集し、会場のモニタで流していた映像が特によかったです。
通常なら文字のみでの解説ですが、本人が語る映像は、非常にリアリティがあります。
70年代や80年代の映像は、こうした機会がないとなかなか見られないと思います。

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極めてシンプルな構成で、厳格なグリッドシステムを用いながらも、決して型には収まらず、伝えたいことを一瞬にして見る者に伝える。
そしてフィニッシュが洒脱だということが素晴らしい。
本人も語っているけれど、京都の画家、尾形光琳にも強い影響を受けています。

スイスで生まれた構成主義には、厳格なルールが求められますが、より自由な表現への欲求に駆られて、この堅苦しいルールから抜け出そうと多くのデザイナーが試みます。
しかし50年以上が経過した今でも、スイス構成主義は光を失っていません。
田中一光の作品を見ていると、厳格なルールに沿った機能的側面と感性的側面の両方を持ち合わせ、絶妙なバランスを取っていることがよくわかります。
西洋から入ってきたグリッドシステム、その規範に則った上で、日本人が感じる日本独自の感性を表現しています。

奈良に生まれて京都で育った田中一光、同じく江戸時代に京都で活躍した尾形光琳、東京の土地でこれらのデザインが生まれたとは思えません。
日本的なもの、そして関西、その中でも京都という土地には特別なDNAがあるような気がします。
展覧会は、今週一杯やってますから、是非足を運んでください。

デヴィッド・ホックニー  Secret Knowledge「秘密の知識」

松本 知彦 for Private Time/2011.12.01/クリエータークリエーター

とってもおもしろい本です。
著者のデヴィッド・ホックニーについては、画家として知ってる人も多いでしょう。
イギリスの現代美術家で、プールの絵やポラロイドを用いた作品などが有名ですね。

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しかし、この本は彼の作品集ではありません。
中世やルネサンス期における絵画の制作技法に関して、独自の調査によって謎を解き明かした本です。
1600年代中頃に活躍したフェルメールは、レンズを用いた光学機器を利用して、実物の映像をキャンパスに写し取り、作品を制作したことは既に知られています。
しかしホックニーは、フェルメールより200年以上も前、1400年代に既に光学機器を利用して描く手法が画家の間で知られていたという仮説を立てています。
この立証方法がとてもおもしろくて、読み進めるうちにどんどん引き込まれてしまいました。
現代ではもう使われなくなった光学機器を組み立て、著者である画家自身がそれを使って実際に作品を描き、証明しているのがユニークです。

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まず、フランドル絵画から。
制作年は左から1300年、1365年、1425年、そして1430年。
1430年になったところで、作品の描写がいきなりリアルになり、それまであった不自然さがまったく消えています。
1425年から5年の間に何が起こったのか?
これは1420年後半~30年代にかけて、フランドル地方に起こった技術革新によって、画家が光学機器を用いてリアルな作品を描くようになったからだとホックニーは言っています。
それでしか説明のつけようがないと。

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同じくオランダの画家ファン・エイクが1434年に制作した有名な作品。
ホックニーは、この作品にも光学機器が利用されていることを指摘しています。
一例を挙げると、極めて写実的に描かれたシャンデリアは、本来画家の視点で見上げて描かれていなければならないのに、正面から描かれており、光学機器によって描かれたコラージュであると。
こうした本物らしい緻密な描写をひけらかすために、画家たちは光学機器を利用したとも指摘しています。

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描きたいモチーフを正面からしか写し取れないというのが、光学機器を使う際の制約条件でした。
そのため、正面から描いた部分の集積で1つの絵画を構成しなければなりません。
結果、近視眼的な複数の視点で、非常に奥行きの浅い空間がそこに生まれることになります。
上の右ページにある写真のコラージュのように。

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光学機器を用いて複数の視点を1つの画面に構成するコラージュの技法を、最大限に活用したのがイタリアのカラヴァッジョです。
カラヴァッジョが活躍した1500年代には、大きなレンズを用いた光学機器が登場していたと推察され、ファン・エイクの時代より、さらに自然な表現が可能になっていました。
この技法の導入によってカラヴァッジョの作品は大きな話題となり、その影響はたちまちヨーロッパ全土に広がります。
1594年に描かれた作品は、少なくとも視点の異なる4つの部分を、光学機器でバラバラに写し取って構成しているとホックニーは指摘しています。
本来、上から描かれていなければならないテーブルのフルーツも、ここでは正面から描かれています。

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レンズを用いると実像は鏡像としてキャンバスに左右逆に映ります。
そのため、本来グラスを持つ手は右手が自然なのに、左利きのモデルがカラヴァッジョの登場以降、たくさん描かれることになります。
カラヴァッジョの影響を受けながら、ベラスケス、ラファエロ、レンブラント、アングルなどの画家たちも、光学機器を使用して作品を描いていると、その証拠を挙げながらホックニーは証明しているのですが、この証明のくだりが非常におもしろい。
ダヴィンチのモナリザも光学機器による作品だという記述も出てきます。

この解明によって、ホックニーは評論家からバッシングを受けますが、あくまで実像を写し取るのであって、描くのは人間の手によるものだから、光学機器は画家の才能を否定するものではないと言っています。
しかし、巨匠たちがスライドのような投影技法によって作品を制作していたのが事実であれば、やはり画家のデッサン力を否定することにつながるでしょう。
画面の構成力や陰影における立体感の表現についてのみ、画家の力ということになります。
そして興味深いのが、ほとんどすべての画家が自分の作品の制作手法について他人には語らず、秘密にしていたということです。
だからこの本のタイトルも「秘密の知識」となっているわけです。

最後にホックニーは、空間の捉え方についてエジプトや東洋絵画を例に出しながら、また一方で1つのレンズによる光学機器で描かれた世界と、2つの目によって描かれたセザンヌの作品を対比させながら、リアリティとは何か?について言及しています。
そして、レンズの誕生以降、社会権力の中枢に位置する教会がレンズを秘密に管理していたことを挙げ、カメラの発明によって教会の権力はメディアに移り、今も映像が権力と結びついていることに警鐘を鳴らしています。

いやあ、久しぶりにおもしろい本でした。
謎解きのように、図版で読み進められるので楽しいです。
ヨーロッパの巨匠たちの作品に対する興味の扉を、別の角度から開いてくれます。
オススメ。

ドミニク・アングル  1780-1867

松本 知彦 for Private Time/2011.10.12/クリエータークリエーター

アングルの作品では「泉」などが代表作として挙げられることが多いですが、アングルと言えば絶対的に素描です。
素描こそがアングルの持ち味であり、アングルの本質のような気がします。

img泉 1856年  有名ですね

アングルの素描を見つけようとサイトをいろいろ探しましたが、見当たりませんでした。
そこで高校生の時に買ったアングルの作品集からスキャンしています。
このアングルの素描集、何十回見たことか・・・・
今見ても本当に素晴らしいです。

油彩は写実に徹していて、それはそれでよいのですが人体描写などは陶器のようで、そこに肉体の量感はあまり感じられません。
つるつるスベスベの卵のように美しく描かれています。

img素描はサラサラと簡単に描いていますが、これを描くには相当の技量が必要でしょう。

img浴女 1808年

新古典主義を掲げるアングルは、19世紀前半に新しく台頭してきたロマン派のドラクロアと対決する姿勢を見せます。
感性、情熱の赴くままに画家自身の感覚を重視するロマン主義に対して、イタリアルネサンスの古典を模範とし、写実を基礎としながらも、自らの感性や独自の美意識をもって画面を構成する新古典主義。
この新古典主義VSロマン主義の対立は有名ですが、個人的にはドラクロアよりアングルの方が好きです。
古いものを徹底的に研究し、そこから新しさを生み出そうとする姿勢が、自分の感性に共鳴するのだと思います。
自分が今やっていること、やろうとしていることとリンクし、そこに未来のヒントがあるように思います。

imgトルコ風呂 1863年  82歳の作品とは思えません・・・・

ディエゴ・ベラスケス  1599-1660

松本 知彦 for Private Time/2011.04.01/クリエータークリエーター

スペインの画家、ベラスケスです。
17世紀に宮廷画家として活躍したベラスケスは、それまで下級貴族の出身だと言われてきました。
しかし、実はコンベルソ(ユダヤ教徒)の家系の出であり、そのことを死ぬまで隠していたという事実を、NHKの日曜美術館を見て知ってから、ベラスケスという画家に俄然興味を持つようになりました。

img教皇インノケンティウス10世 1650年

宮廷画家として王族の肖像画を描くことが本業だったベラスケスですが、知的障害者や小人など社会的に地位が低いと見なされていた人たちにもその眼差しを向けています。

img矯人セバスティアン・デ・モーラ 1644年

宮廷画家でありながら知られれば弾圧される自分の本当の身分と、当時差別されていた人たちの姿を重ね合わせ、深い人間洞察によって内面まで描き出した見事な描写。
複雑な出自を持つベラスケスだからこそ描けたと言えるでしょう。


そして晩年にあの名作、女官たち(ラス・メニーナス)を描きます。
フェリペ4世の王女を中心に描いた作品ですが、鑑賞者も絵に参加しているような錯覚を覚える鏡を利用したトリックもさることながら、ここには非常に興味深いストーリーが隠されています。

img女官たち(ラス・メニーナス) 1656年

左側でキャンバスの前に立って描かれているのがべラスケス本人の自画像です。
この自画像は当初横向きで顔も一回り小さく描かれていました。
それを正面向きの堂々とした姿に描き変え、さらに胸には貴族の一員であることを示す赤い十字の紋章を後年に描き加えたことがX線の調査でわかっています。
描き加えられた時期がベラスケスの死の前年だというのも非常に意味深いです。
本当の身分を隠し、宮廷画家という輝かしい地位にまでのぼりつめた姿を後年にまで示そうとするベラスケスの執念のような想いがこの絵には込められているのです。

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