オリジナルラブ/月の裏で会いましょう

松本 知彦 for Private Time/2015.01.22/音楽音楽

僕が大学を卒業する頃に、GSブームというのがありました。
GSってあのGS、そうグループサウンズのことです。
多摩美で活動していたファントムギフトというGSのバンドが有名でした。

その周辺には他にもたくさんのバンドがいて、モッズやガレージパンクを巻き込んで、インディーズながら1つの大きなブームになっていました。
彼らが志向していたのは60年代の英国音楽、またはアメリカのガレージサウンドやサーフロック、はたまたシュープリームスのようなガールズグループでした。
それらを当時のファッションフィルターを通して、彼らなりに昇華した音楽。
マニアックなレコードコレクターたちが志向する音でしたね。
ワウワウヒッピーズ、トゥエンティーヒッツ、ストライクス、コレクターズ、GOGO3、ペイズリーブルーなどなど、現在も活躍するバンドも含まれていますが、彼らはよく新宿JAMに集まってライブを行っていた。
僕も友人に誘われて見に行ったものです。

img車の中で聞いてます。

その中にオリジナルラブがいました。
GSやガレージのブームの中にオリジナルラブが混じっていたのは、ちょっと変な気もしますが、当時はファントムギフトと一緒によくライブをやっていましたね。
しかし、GSのようにレトロ志向の固定フォーマットを持たないオリジナルラブは、GSブームから抜け出し、少しずつメジャーへと移行して行きました。

当時渋谷のファイア通り沿いにHiFiという中古レコード屋があって、オリジナルラブの田島さんはそこでアルバイトをしていた。
彼が働いている時に僕もレコードを買いに行ったことがあります。
そんなGSブームの後期には、ファンクやジャズ、レアグルーブをベースにした多くのバンドが登場します。
イギリスではACID JAZZのブームが起きていました。
ワックワックリズムバンド、クールスプーン、クルーエルレーベルに所属するバンドたち(僕もその中の1つで演奏していたことも)、その中でもエリーが英語で歌うラブタンバリンズは物凄く売れた。(カヒミカリィも売れたけど)
やがてそれらのバンドは渋谷系と呼ばれるようになります。
GSブームから出てきたオリジナルラブも、なぜかこの渋谷系に括られていました。
最終的に同じ大学の後輩であるフリッパーズギターと、青学出身のピチカートファイブの登場によって「渋谷系」は全国に広まっていきます。
田島貴男もピチカートに加入していた時期もありました。
でも僕はGSブームと渋谷系は、基本的に別モノだと思っています。
まあ、渋谷系っていうのはHMVが勝手につけた括りですが。



ちょうどその頃、松雪泰子が主演する「バナナチップスラブ」という深夜番組が放映されていました。
その番組の主題歌が、オリジナルラブの歌う「月の裏で会いましょう」だった。
GSから出てきたオリジナルラブが、メジャーシーンで最初にヒットを飛ばしたのがこの曲だったと思います。
僕はこの歌が大好きでしたねえ。
数年後、英国からブランニューヘヴィーズが来日した際、前座を務めた彼らのライブもよく覚えています。
つい最近FREE SOUL(こちらも20周年)でオリジナルラブの90年代のコンピが出ました。
今聞いてもまったく色褪せない音、よく聞いています。

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