目に見えないクオリティレベル

松本 知彦 for Private Time/2012.03.19/仕事仕事

以前、クライアントから言われて、今もずっと頭に残っている言葉があります。
あれは4年くらい前、音楽ダウンロードのサイトをゼロから構築するプロジェクトをdigで受注した時でした。

受注当初は容易にコントロールできる中規模の開発案件でしたが、要件定義の途上で要望が次々と追加され、最終的には初期見積もりの6倍くらいに。
専門分野以外の業務内容も多く追加され、すべてをハンドリングすることのむずかしさは容易に想像できました。
請けた当初から内容が大きく変更になったとはいえ、途中で降りるわけにもいかず、計画を立てて外部の会社に委託しながら前に進めることを決めました。

しかし、プロジェクトは難航を極めます。
まだ引越したばかりで、真っ白なペンキが塗られた新しい事務所の床は、たちまちのうちに汚れていきました。
毎日10人以上の外部スタッフが出入りし、最後の2週間はスタッフが何人もゴロゴロ床で寝ることになったせいで、日に日に床は黒くなっていきました。
僕も毎日朝帰りで2日間ブッ通しで完徹、フラフラになりながら働きました。

最初、うちに仕事を依頼した担当者は、こう言っていました。
「開発会社というのは基本、仕事に対して受け身の姿勢でリスクを取ろうとしない。このプロジェクトはスピードとクオリティが求められる。言われた通りに作る開発会社では無理だ。digがフロントでドライブをかけながら、どんどん進めて欲しい。」
今思えば、開発会社からの出向でこのプロジェクトに従事していた担当者は、開発会社のスタンスを熟知しており、そこへ発注すれば期間内にできあがらないことも、コスト内で納めることが難しいことも、わかっていた上でのうちへの発注でした。

案件を進める途上で、色々な問題が次から次へと発生します。
そのほとんどは、外注の会社が作ったプログラムの精度の低さによって起きた問題でした。
僕たちは、彼らの作ったプログラムのバグをデバックすることに多くの時間を費やさなければならない状況に陥ってしまいました。
これは僕らが作ったものではない、、そんな言い訳がクライアントに通るわけはありません。
自分たちが保証するクオリティがこんな形で崩れてしまうとは思いませんでした。

最後にその担当者は言いました。
「一緒にやってみてわかったけど、digって結局松本さんだけじゃない」
悔しかった。
とても悔しかったですが、言われる理由も痛いくらいにわかっていました。
このプロジェクトを担当したスタッフたちは全員がんばりましたが、がんばるだけでは乗り越えられませんでした。
外注をコントロールする力は、彼らのキャパを大幅に超えていました。

その時から松本だけじゃない会社にする、と心に決めました。
すべての案件のクオリティは松本が決定していたし、またそうしなければクオリティを担保できない体制を自分で作っていました。
クオリティが低くなることだけは許されないという自分なりの危機感、意識の表れがそうさせていたんですね。
松本に代わってクオリティをコントロールできる人材も当時社内にはいませんでした。

松本が会社のアウトプットクオリティを決めるのではなくて、各自が自分自身で判断して結果を出す、それが他者に自分の存在を認めてもらう唯一の方法だ。
digのクオリティレベルは目に見えない、それを判断して「足らない、もっとやるべきだ」「よし、これで出そう」と判断するのは各自の意識に他ならない。
提案後に結果を出せないのは、アウトプットの精度について無自覚、あるいは意識が届かない自身の責任だ。
そう組織に言い始めたのは、組織が整い出した最近のことです。

プレゼンテーション含め、コンペ提案時のクオリティはすべて松本がコントロールしてきました。
何十ものコンペを勝ち抜いてきた自分には、やるべきこと、目には見えないけれど達成すべきアウトプットの精度、クライアントに出してもよいクオリティレベルについて理解しているつもりです。

組織全員にその自覚を植え付けることを目標にしました。
提案だけに特化するチームを作り、体制も見直しました。
まだまだ課題は山積ですが、一部のスタッフの意識に少しだけ変化は生まれたと思います。
去年の年末、松本が参加せず、今の組織のスタッフだけで提案して、はじめてコンペ案件を受注しました。
とても嬉しかったですね。
自分で提案したのと同じくらいうれしかった。

これだけやらなければコンペは取れない、そのレベルをスタッフは体験したと思います。
深く考えて、打てる手はすべて打つ、やり切ってこそはじめて相手の心を動かすことができる。
コンペに参加する企業に与えられた時間は平等です。
そこで他社との差別化を図り、相手が納得するストーリー、クオリティを出していくのだから、厳しいのは当たり前です。
でも何に対しての厳しさなのかと言えば、それは誰かに設定された受け身の厳しさではありません。
自分が自覚しているクオリティレベルに達しているか、クライアントが求めるものに合致しているか、相手が満足するものになっているか、何度も自問自答して自分に厳しくする以外にありません。
それを全員が自覚して欲しい。
最終的な成果が得られなければ、そこまでに使った提案メンバー全員の時間を無駄にしてしまうことになります。
一人のメンバーの設定レベルが低ければ、一緒に提案するメンバー全員に迷惑がかかります。
メンバー全員が各ポジションでベストを尽くし、最善のパフォーマンスを発揮しなければ、最終的な結果は得られないのです。

クオリティを自分で判断すること、それは他者が認めるレベルに達しているかを自分で判断できる力です。
クリエイティブに従事する者の原点だと思います。
それなくして、クリエイティブなどあり得ないと僕は思います。

スタッフが成長する姿を見られるのは、とてもうれしいことです。
今後一人でも多くのスタッフが、digのアウトプットクオリティについて自覚し、一人でも多くの相手に認められて、結果を出すこと。
それが組織を通した自己実現であり、人として仲間と働くことの意義だと思っています。

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