人を描くのはむずかしい...

松本 知彦 for Private Time/2015.06.17/仕事仕事

つい最近会社のスタッフに頼まれて、人物のイラストを描かねばいけないことがありました。
小さく使うので小さく描いて欲しいというのがリクエストですが、逆に小さく描くのってむずかしい・・・・
描いてみてそれを実感しました。

imgこれらは外人を見ながら描きました。

まず雑誌やサイトなどから描く対象のモデルを探します。
そういう目で見ると、好都合なポーズをしているモデルの写真ってほとんどないのですよね。
見つかったとして、それを見ながら紙に小さく人物の絵を描いていると、これが面白いのですが、日本人を見て描くと日本人に、外人が出てる洋雑誌などを見て描くと外国人を描いた絵になるのです。
それは当り前じゃないかって?笑
まあ、そうなんですけど、僕はいつも目で見ただけのフリーハンドで描くので、体型なんてどうにでもなるはずなのですが、日本人を見て描くと、どうしても出来上がりは日本人になっちゃうのですよね。
絵を見ただけでモデルが日本人なのがわかってしまう。
A4サイズの雑誌に掲載されている大きめの写真を見ながら、10センチ以下の小さい絵を描いても、それは顕著なのです。
当り前かもしれないですが、見た目だけでチャチャッと小さく描いただけなのに差が出てしまうっていうのが、自分としては小さな発見であり、オドロキでした。

長い間デッサンを勉強してきたから、目で見えたままに描いてしまうクセが相当ついているのだなということを実感しました。
見た目のように描けないと、予備校や学校ではエライ怒られて、
「お前、カタチが取れないのか?デッサン狂ってるぞ」
と作品の講評会などで、全員の前で指摘されるのです。
指摘された方はそれがトラウマになって、オレは形が取れないのだ・・・と自信を喪失する、
しかし運動神経と同じで、見えた通りに正確に描くという能力は、生まれつき備わっている才能とも関係があり、見た目の通りに描けないという状況はなかなか改善するものではない、
だから毎日訓練する。
改善には時間がかかる。(かけてもあまり改善しない、、)
だから悩む・・・
そんな人が何人も予備校にいたことを思い出しました。
僕も毎日毎日訓練していた。
時間が経っても訓練っていうのは身体に染みついているものなのですね。

imgたとえば、上の段の真ん中は日本人を見て描きました。

しかし人を描くのってむずかしい・・・
一番むずかしいのじゃないだろか。
16、17歳の高校生の頃、どこへ行くにもクロッキー帳を必ず持ち歩いていた。
学校へ通う朝と帰りの電車の中でも、学校の授業中でも人物のクロッキーを何枚も描いていたことをふと思い出しました。
毎日何時間も何時間も、、あのころは熱かったなあ。
その時のことが今の自分の人格形成に影響を与えているような気がします。
皆さんも、以前訓練していたことが、ふと何かしらの拍子に表に出て、思い出すことってあるのじゃないでしょうか?

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