伊勢丹公式サイトに、サプール枠で松本が登場w

松本 知彦 for Private Time/2016.10.27/私の履歴書私の履歴書

ちょっと前になりますが、新宿の伊勢丹メンズ館の13周年記念パーティに行ってきました。
閉店後、顧客を呼んで毎年行われているパーティです。

imgノベルティはお約束の中田ハンガー製のハンガーをいただきました。

元々新宿伊勢丹にメンズ館ができたのは、確か小学校低学年くらいの時で、「男の新館」という名前でした。
長い間メインの本館に対して、新館って呼んでいました。
メンズ館という名前でリニューアルされてから13年ってことですね。
百貨店がどんどん縮小していく中、そこから伊勢丹メンズ館の挑戦が始まったわけです。

img11周年はベルトハンガー、12周年にはネクタイハンガーをいただきました。

今回もたくさんの人が来てました。
パーティと言っても、普通に買い物もできるし、特に通常営業と変わらないのですが、それでも各フロアでイベントが行われるなど毎年徐々にバージョンアップしているようです。
最初の頃は特にイベントもなく、飲み物が振る舞われるくらいでしたから。
今回エントランスでDJをしていたのは、元UFOの松浦俊夫さん、それはちょっと嬉しかったですね。

直行した8階で、広尾のセレクトショップ「ピッコログランデ」の加藤夫妻に会いました。
僕が勝手に東京で一番シアワセな洋服屋と呼んでいるお店です。
彼らにいざなわれてサロンドシマジへ。
元プレイボーイ名物編集長、島地さんがメンズ館で開いているバーです。
デパートに昼間から(朝からでも)お酒が飲めるバーがあるのです。
今年で4周年とのことでした。
伊勢丹8階にあるサロンドシマジは別館で、実はサロンドシマジ本館というのが都内某所にあるのですが、そちらは本当に会員制・・・というか知人でなければ行けない場所でして、以前そちらにも加藤夫妻とお邪魔したことがあります。
本館を訪れた際には、老舗旅館の宿帳のような分厚い革製のノートに自分の名前を書くという儀式がありますが、伊勢丹の別館ではその儀式は省略されています。
島地さん自らが作ってくれるおいしいシングルモルトのお店。

img加藤夫妻とお福さん。サロンドシマジで。

imgこちらは本当の会員制、サロンドシマジ本館です。

そこでいつも会うのがお福さん(男性です)
お福さんのお尻に触るとシアワセになれるそうなので、触らせてもらったら堅かった!笑
パーティの帰りには、プリントされたマカロンをいただきました。
食べ物に印刷できるなんて技術は進んでますねえ。

imgいただいたオリジナルマカロン。おいしくいただきました。

後日、伊勢丹のN女史から連絡があり、言われるままにサイトを見てみたら、、、、なんとワタクシが写っている写真がアップされておりました。
ライダースにコンバース、全身ブラックという普段あまりしない格好ですが、ライダースであってもニットタイ(!)というのが自分のアイデンティティ(のつもり・・汗)で。
ライダースにTシャツ&デニムとか、ラモーンズみたいな格好、多分絶対しないと思うので・・・・
しかしサイトの一覧を見たら、サミュエルエルジャクソンのような方々の並びに松本がおり、なんだかサプール枠での登場のようです 笑
http://www.imn.jp/tag/PARTY%20SNAP?page=4

imgパーティ当日は雨でした。ライダースにFOXの傘。

ということで、今後も伊勢丹メンズ館、頑張ってほしいです。
N女史ありがとうございました!

編集とは何か?アンヌ隊員の夏休み

松本 知彦 for Private Time/2016.10.11/私の履歴書私の履歴書

アップするのが遅くなりましたが、アンヌ隊員の夏休みの宿題に関するレポートです。
毎年、この夏休みの宿題というのが、松本家においては重要なテーマなのです。
何をつくるのか?どうやってつくるのか?

img去年作る前に描かせた簡単な設計プラン。これを持ってハンズへ。

今回のテーマは「編集」でした。
リンタロの時に設定したテーマはシンプルで、作ることそのものより、アイデアを具現化する計画=「プロセス」にありました。
作る前に、プロセスをしっかり計画すれば全体の作業の80%は終わったようなもの。
自分で考えたアイデアを、どうやってプロセスに落とし込めばよいか、その重要性を教えたつもりです。
自分の普段の仕事と同じですね。

しかし兄弟とは言え、一人ひとり性格も得意分野も、集中力も違います。
リンタロの時のように、アンヌ隊員には徹夜はムリだと思いました(自分的にも・・・汗)
去年は、タイのサムイ島で泊まったホテル、Banyan treeの中庭にあったハンモックを作りたいとのことでした。
リンタロの時と同じように、まずどうやって作るのか、最初にプランを考えて紙に書くことを教えました。
プランを作ることは、これから自分が何をしたいのか、それをどうやって作っていくのか、明確なゴールをイメージする、もっとも重要な作業です。

imgリンタロと違って、アンヌ隊員はスケジュールに余裕を持って2週間前にスタート

imgこちら昨年の完成版です。

土台は発砲スチロール、ヤシの木は複数の種類の緑色の紙、草は鉄道模型用のスポンジ、ハンモックの白い網はカーテンなどに使われる生地をカットしたもの、ハンモックの両側は細い木の棒を買ってカットし、ホッチキスで留めました。
2人で東急ハンズに行って、1つ1つ相談しながら買ってきた材料です。

img今年は描くランドマークを選ぶところからスタート

そして今年は、リンタロと3人で行ったロンドンとパリの思い出のレポートを作りたいとのこと。
色々アイデアを考えましたが、アンヌ隊員には女子らしく「アート+編集」を教えることにしたのでした。
女子は男子より、コメントを書いたり、何かを貼ったり、チマチマした作業が好きなことも、このテーマを選んだ背景にあります。
何を作りたいかのアイデアはアンヌ隊員からですが、それをどうやって作るかは、テーマは編集とは本人に伝えないまでも、助言します。
雑貨が好きなアンヌ隊員にはアート作品より、こうした編集要素のある作品の方が向いていると感じていました。

img自分が感じたこと、調べたことを貼っていきます。

img完成形はこんな感じ

まず2つの都市の大きな地図を描き、川の部分を切り抜いて、2枚を貼り合わせて橋をつくる。
自分が行ったランドマークの絵を描いて切り抜き、それらを地図に立てて貼る。
そこに自分がその場所で感じた感想を書き入れていくというもの。
当初は現地で撮影した写真を切り抜いて貼ったり、実際に使ったチケットを貼ったり、領収書やコインなど色々盛り沢山にコラージュする計画だったのですが、意外にあっさりな仕上がりになりました。
でもランドマークの絵はなかなか味があります。
今回難しかったのは絵や工作そのものの作る技術ではなく、どこに行ったのか、何を伝えるのか、どこまで描くのか?(駅&道路)という、作品には直接現れない試行錯誤の編集プロセスでした。
雑誌によくある街紹介マップなどを見せながら説明したのですが、ちょっとむずかしかったかもしれません。

img2つセットなところがポイントです。

絵と文字による自分だけの地図の完成です。
ただの絵ではなく、個人的な経験を書き入れた、他人も見て楽しめるシティガイドになっています。
「編集」とは何か、ぼんやり感じてくれたかなあ。。
こういう経験が大人になってから、頭の片隅の記憶に残っていてくれたら嬉しいです。
僕が子供のとき自分の父親からしてもらったこと、それを彼らにも同じように教えたい。
そしていつか自分が一人で何かを作ろうとするとき、少しだけこのことを思い出してくれたらと願っています。
僕が思い出したように。

いま80年代が熱い!

松本 知彦 for Private Time/2016.09.07/私の履歴書私の履歴書

ここ最近はとても忙しいです。
夏前はヒマだったのに、夏を過ぎたら色々と引き合いが重なり、急に忙しくなってきました。
今年の夏休みは3日しか休んでいないというのに、もっと長く休んでおけばよかった・・・・・

img80年代はSF映画が花開いた時代

夏は子供の宿題を見なければいけないし(汗)、最近入ってきた引き合いの仕事もやらなければいけない。
月曜の朝、毎回スタッフ全員を集めて話す薫陶(くんとう)の準備も毎週しなきゃならない(これがめちゃめちゃ大変・・・)
そして最近滞り気味のブログの記事も書かないと、、、
それに加えてイラストの仕事もしないといけないのです。

ということで、今日は久しぶりにイラストのお仕事を紹介しましょう。
いただいたお題は80年代ミュージック&ムービーです。
80年代って自分の青春時代ですが、これが今すごく流行ってますよね。
アナログレコードにしても、カセットテープやラジカセにしても、ファッションにしても、歌謡曲、スナックにしても。
今あちこちで80年代がキテると日々感じてます。

img80年代の映画って暗さがまったくないのが特徴ですね

imgブルーススプリングスティーンは手を抜いたのでまったく似てません!笑

この間、同じ大学の友人が教える専門学校の生徒が80年代について話を聞きたいとのことで、うちの会社までインタビューに来ました。
彼は80年代について、カウンターカルチャー全盛の時代と思っているようで、カラス族やテクノカットをした若者、竹の子、ローラーやサーファー、はたまたパンクスたちが街中にあふれていたと思い込んでいるので、そんなことはまったくなかったと正直に伝えたのでした。
9割の若者は胸に馬の刺繍マークがついたポロシャツの襟を立てて着ていたわけで、あるいはフィラやエレッセなどのテニスメーカーのポロシャツを着てパーケン(学生が開くパーティチケットのこと)を渋谷で売りさばいていたわけで、アンノン族(アンアン・ノンノを読んでる若者=すごい呼び方)なんて本当にマイノリティだったわけなのです。
この頃はまだ体制側のJJに対して、反体制のアンアンだった時代。
後半はDCが市民権を得たために多少シェアは伸びましたが(それでも3割くらいでしょう)、初期は真っ黒な格好してるカラス族の若者なんて本当に少なかったと思います。
そしてそんな格好をしているごくごく少数の若者は、電車に乗った際、周りの人からかなり奇異な目で見られてました。
今のゴスロリと同じですね。
しかし、2016年の文献を読み漁った20歳の若者からしたら、80年代にはそうしたアート、音楽から影響を受けた族たちが町中にあふれていたと思うみたいで、9割のコンサバを見ずして1割のイカレポンチがメインストリームだったと勘違いをするみたいでした。
よりパーソナルなことこそがメジャーだという今の時代の逆ですからね。
コンサバが9割の話をしたらびっくりしてましたw

img80年代といえばこの人たち。日本でもタイニーパンクスがデビューしましたね

さてそんなわけで、今回のお仕事はいつもとタッチを変えて、色鉛筆で仕上げてみました。
色鉛筆って久しぶりに使ってみると味があっておもしろいです。
1970年代に描かれた林明子の名作「はじめてのおつかい」のタッチですね。
絵本を描きたくなっちゃいました。
時間があったらチャレンジしてみたいものですね。

「松本正彦 郷愁の切り絵展」 本日からはじまりました!

松本 知彦 for Private Time/2016.08.22/私の履歴書私の履歴書

何度かお伝えしていますが、僕の父親はマンガ家でした。
しかし僕が大学を卒業したあたりから、切り絵作家に転向し、毎日紙と向き合って気の遠くなるような細かい作業に向かうようになります。
そして都内の画廊や百貨店で、毎年個展を開くようになっていきました。

img今回は銀座の伊東屋さんでの展示です

それは母と二人三脚ともいえる作業。
創作は父、対外的な交渉は母、という役割分担で、活動は2人で行っていました。
会場の選定やフレームのチョイス、作品の命名、金額を決めるのは母親の仕事。
父親はいつも家で仕事をしていたために、マンガ家の時代から長い間、彼らは24時間一緒に家で過ごし、晩年は仕事も2人でするようになっていったのでした。
サラリーマンの家庭では考えられないですよね。
2人にとって結婚生活は、良くも悪くも実に濃厚な数十年だったと思います。
よくケンカもしてました。

しかし母はパートナーを失って一人になってしまった。
その喪失感がどのくらい大きなものか、僕には想像することしかできません。
すごく仲が良かったというわけでもないと思いますが、毎日ずっと一緒に過ごした仲間を失って、彼女の心にはとても大きな穴が空いてしまったように見えました。
しかし作家がいなくなったあとも、彼女は個展を開きたいと度々口にします。
その先に何があるのか、僕にはわからない。
でも彼女がやりたいと思うことは、やらせてあげた方がよいと感じています。

img父親の展覧会は実に3年ぶりです。

img展示場所は広くはないですが、20点近くの切り作品を展示しています

imgこちらはシルクスクリーン作品

img絵葉書もたくさん販売しています

img切り絵の作品集もありますので是非!

今回縁があって、銀座の伊東屋さんで展示をすることになりました。
これも母が一人で場所を決めてきて、作品の選択も梱包もすべて彼女が一人で行いました。
展示中は毎日会場にも立つとのこと。
オドロキの83歳・・・
でも、そうしていることが楽しいのだと思います。

img場所は伊東屋本館の裏にあるK.Itoya。万年室のサインが目印です。

銀座伊東屋(本館ではなく、別館のK.ITOYAの方ですのでご注意ください)の地下のフレームフロアにて、「松本正彦 郷愁の切り絵展」が、本日からはじまりました。
皆さん、銀座にお越しの際は覗いてみてください。
1週間やっています。
台風は今日で過ぎ去りますので是非。

8/22(月)~28(日) 月~土 10:00-20:00/日・祝日10:00-19:00
※最終日18:00閉場
銀座伊東屋 K.ITOYA 地下1階フレームフロア 
http://www.ito-ya.co.jp/store/itoya/k-itoya/recommend/2016/08/001962.html

親子展が無事終わりました。

松本 知彦 for Private Time/2016.08.08/私の履歴書私の履歴書

こちらもちょっと時間が経ってしまいましたが、3週間に渡って開催した「松本正彦・知彦親子展」が無事終了しました。
足を運んでくださった方々、本当にありがとうございました。
せっかくお越し下さったのに、お会い出来なかった方はごめんなさい。

img会期が3週間って、長いようであっという間。

今回は会社の20周年のイベントと同時に開催したため、本当に準備が大変でした。
会場全体の配置を考え、それに合わせて父の描いた原稿を選び、横幅3メートルの大きなパネルを作りました。
その間に自分の絵を描き・・・

世の中で、自分の父親と2人展を企画する息子がどのくらいいるかわかりませんが、僕自身は今まであんまり聞いたことがないです。
そもそも両方がクリエイティブな親子ってあんまりないのかなあ。
珍しいことなのだと思います。
そして、2人のうちの一人は、もうここにはいないし。。

img父親の描いたモノクロの原稿に僕が色をつけて、親子競演の実現です。

img色をつけたものを横幅3メートルのパネルで出力し、柱を挟んでシンメトリーで配置。

僕が親子展を開こうと思ったきっかけは、以前書いた通り、ベリーニが息子と2人で椅子のデザインをしている記事を見たことでした。
でも父親はもういないので、1つのテーマを共同で作業することはできない。
父親の作品に自分が色を付けることで、親子の夢の共同作業を実現させました。

img照明が幻想的で、夜の方が雰囲気ありましたね。

imgフランスの出版社からフランス版の表紙データを取り寄せて出力しました。

このカフェで、マンガを展示したことは今まで1度もなかったそうです。
斬新だったんじゃないでしょうかね。
それもあるのか、売れないだろうと思っていた父のポストカードやクリアファイルも売れたし、70年代の作品で作ったオリジナルの冊子は60冊も売れました。
よかった。
ありがとうございます。
僕の作品も数点売れました。
こちらもありがとうございます。

img奥の黒い壁にかかっているのが、僕の描いた作品です。

img父親の計画をしている間にも、自分の絵を描かなければならず。

また今月、銀座の伊東屋で父の個展があります。
「松本正彦 切り絵展」 
8月22日(月)~28日(日)の1週間、銀座のK. Itoya B1階 10~20時。
切り絵の原画をはじめ、版画や書籍を展示・販売します。
もしお時間ありましたら、そちらにも是非お越しください。
よろしくお願いします。

imgこちらもまさかの親子共演・・・笑

親子展はじまりました!そして冊子も作りました

松本 知彦 for Private Time/2016.06.30/私の履歴書私の履歴書

前回このブログでお伝えしましたが、
今週から代々木上原にあるファイヤキングカフェにて松本正彦・知彦親子展が始まりました。
皆さん、お忙しいかと思いますが、お時間ありましたら是非足を運んでいただければと思います。
http://tabelog.com/tokyo/A1318/A131811/13012564/

imgカフェのエントランスに展覧会のポスターを貼りました。

カフェなので、絵だけを見に来る人も特にいないのですが、いくつか企画を立てています。
ますはこちら。

img大好きなバナナジュースのグラスをどけると現れます。

そう、コースターをオリジナルで作ったのです。
コースターのデザインは3種類ありますが、展示している期間中、冷たい飲み物を注文すると、すべてこのコースターで運ばれてきます。
注文してみてください 笑
まあ、飲んでても気が付かない人の方が多いと思いますけど・・・
でも面白い試みでしょう?
今まであんまり見たことないです。

もう1つは冊子です。
父親が70年代に描いた単行本「たばこ屋の娘」の中から、珠玉の名作を1本収録しました。
普通のマンガよりもサイズを大きくして、A3サイズで作りました。
着色して上質紙に印刷したので、オリジナルより迫力&読み応えがあると思います。
70年代の情景とノスタルジーを味わっていただければ。
プロフィールととともに、亡くなる1週間前に寝たきりになっていた父へ僕自身がインタビューした内容も掲載しています。
ただ、こちらは印刷含め、ある程度の製作費がかかっているので、販売することにしました。
ですが、なんと200円という駄菓子みたいな値段設定です!!笑
もちろん言うまでもなく赤字ですが(汗)、気軽に1人でも多くの人に読んでもらいたいので。
当初300円にしようかとも思いましたが、気軽に買えるのってやはり200円かなと。
そもそも読みたくない人は読まないので、値段はあんまり関係ないかな、、

img是非とも手に取って読んでみてください。

その他にもポストカードやクリアファイルも売ってますので、(こちらはまったく売れないないと思いますが、、汗)
よろしくお願いします!

img最近出版された本とヴィンテージの書籍も展示してあります。

展示は、今週月曜の朝から始まったのですが、飾りつけは前日の夜中に行いました。
カフェの営業は、夜中の3時まで。
壁に作品を掛ける作業は、営業が終わった3時半からスタートなのです。。。
今回一番大きいパネルは、横幅3メートル近くあります。
それらを夜中に担いでカフェに赴きました。

imgライトの調整をしているところです。

img夜はこんな感じでライトが効いてます。

imgこちらが原画。かなり小さいのです。

マンガの原画は、絵の部分がA4サイズくらいの大きさなのですが、その中の1コマを撮影し、自分で色をつけて3メートル近くに引き伸ばしました。
もう本人はいませんが、親子での共同作業です。
3メートルに引き伸ばすと、リキテンシュタインみたない感じですね。
ベレー帽を被って叫んでいるコマの絵柄を見た人は、みんなそれが父親だと思うらしいのですが、叫んでいるのは父親ではなく、さいとう・たかをさんです。

展示の準備が終わったのは、6時を回った頃でした。
朝日を見たのは久しぶりでしたね。
いやあ、徹夜はキツイわ。
というわけで、来週は20周年パーティも控えてますが、皆さんお時間ありましたら、ちょいと代々木上原まで足を延ばしてみてください。
ご連絡いただければ、松本が顔出しますので。
よろしくお願いしますー。

松本正彦、知彦親子展は、6月27日(月)から7月17日(日)まで。

img幸運を意味する象も飾ってあります。

なんと父親と2人で親子展を開くことになりました

松本 知彦 for Private Time/2016.06.23/私の履歴書私の履歴書

数年前、雑誌でイタリアの家具デザイナー、マリオ・ベリー二が息子と2人で1つの椅子をデザインしている記事を目にしたことがあります。
2人が共同で創作活動をしているのを見て、とても羨ましいと思いました。
同じDNAを持つ親子が、同じジャンルで、しかも1つの作品を共同で作るなんて、本当に素晴らしい。

imgまったくテイスト違いますが、正真正銘の親子なのです。

ビジネスでの共同経営などではなく、創作という感性が求められるジャンルで行われていることが本当に羨ましかった。
感性には上も下もない、だから師匠と弟子のように教える、教えられるという関係ではなく、並列で互いがリスペクトしていなければ、共同作業はできないと思います。
その記事を読んだとき、僕の父親は既にこの世にはいませんでした。

小学校の高学年の頃から、僕は父親と一定の距離を置くようになっていました。
それは父親の仕事が、売れない漫画家だったということが大きかったと思います。
学校でまわりの友達におとうさんは何をやっているの?と聞かれるのが本当にイヤだった。
ずっと働いている母を見て、僕は徐々に父の仕事について触れないようになり、また他の家とは少し違っていた家庭環境についても、徐々に人に話さないようになっていきました。
それはどこかで自分のコンプレックスにつながっていったように思います。
父との関係は決して悪くはなかったけれど、仕事に関してだけは一切話さない親子でした。

imgいま親子展の準備を着々と進めているところです。

芸術を志せば周りの人が必ず不幸になる、そんな刷り込みをずっと抱えて大人になっていきました。
僕のこれまでの人生を振り返れば、常に芸術と自分の距離の取り方が主題だったように思います。
それはまるで、父親と自分との関係をそのまま表わしているかようです。
僕は常に葛藤し、やりたいことと、やらなければならないことの間を行ったり来たりしていた。
そして本当に何が好きなのかもわからなくなっていた。
それは父親が亡くなるまで続きました。

それでも父親が亡くなる数年前から、徐々に父親のことを素直に見られるようになったと思います。
芸術には無限の可能性がある。
幼稚園で初めて学年で1人だけ賞をもらったとき、
小学校1年生で自分の絵が初めて新聞に掲載されたとき、
小学校の全校生徒が集まる前で朝礼台に登って何度も表彰されたとき、
絵を描いてみんなに褒められたとき、
中学校で東京都のコンクールで都知事から表彰状を手渡されたとき、
美大の予備校のコンクールで、現役生では珍しくベスト10以内に何度か入ったとき、
美術大学の入試に受かったとき、
いつも僕の小さな自信は、父親に教えてもらった美術につながっていました。
それは社会でどう生きるかではなく、生きていくために必要な小さな自信と勇気を与え、いつも僕を励ましてくれたのが美術だったということです。
僕はどう生きるかのことばかり考えていたけれど、本当に大事なことはそれではなかった。
父親はその素晴らしさを教えてくれた。
それがなければ、僕を励ましてくれるものなんて何もなかったかもしれない。
大人になるまでの間に経験した小さな自信が、僕の性格に大きな影響を与えている事は間違いないでしょう。

imgマンガの原画を見たことがない人もいるでしょう。今回貴重な原画も展示します。

img叫んでいるのは、父と共に活動したゴルゴ13で知られるさいとう・たかをさん。

今でも父のことをよく思い出します。
マリオ・ベリーニの記事を読んだとき、いつか父と2人で展覧会が開けたらなあと思うようになりました。
そしてもし父に会えたら、同じ美術の道を歩んできた父が、僕の年齢の時に何を考えていたのかを聞いてみたい。
そんなことを考えるようになりました。

チャンスは突然やってきます。
会社の20周年の記念行事で、父親と親子展を開くことになりました。
本人はもうここにはいませんが、彼と僕と2人で展覧会を開きます。
父親の作品が飾られた空間の片隅に僕の作品も存在する、共に見てもらえることが僕は嬉しいのです。
目指したゴールは違ったかもしれないけれど、同じDNAを持ち、共に何かを志した父親と息子。
人生ってわからない。
こうして小さな夢がかなうこともある。

imgこれは僕の作品です。親子で全然違いますが性格が出てますよね。

img僕の作品は販売してますので、どうぞ買ってください!笑

見ている人は何を感じるのかわかりませんが、いえ、僕がここに書いたことなどまったく感じないと思いますが(笑)、変わった試みだと思って見てやってください。
この世にいない自分の父親とその息子の競演を、息子自身が企画するなんて、世の中にはまずないでしょうから。
松本正彦、知彦親子展は、6月27日(月)から7月17日(日)まで。
代々木上原のファイヤキングカフェで開催されます。
http://tabelog.com/tokyo/A1318/A131811/13012564/


会社の20周年パーティがある7月6日(水)の時にも見られますが、期間中は普通のカフェなので、お茶を飲めば無料で誰でもいつでも絵を見ることが可能です。
是非皆さんお出かけください。
連絡もらえれば、僕がお迎えにあがります。
待ってますね。

父の書籍がアメリカで出版されました!

松本 知彦 for Private Time/2016.06.21/私の履歴書私の履歴書

先月、父親の単行本「たばこ屋の娘」の英語版が、アメリカの出版社から発刊されました。
この作品は父親が70年代に発表した短編を集めたものです。
日本では、2009年に青林工芸舍から発行されました。

img先月アメリカで出版された「たばこ屋の娘」の英語版です。

ストーリーは、都市で生活する貧乏な男女の若者の話が中心です。
事件も何も起きない、ごく普通の日常をテーマにしたもので、かなり地味な印象を持たれるかもしれません。
しかし、なんとも味わい深い世界が描かれているのです。
リアルに描かれた1970年代初頭の街の情景。
その何気ない日常の中に描かれた、都市で生活する若者の細やかな感情の動き。
読み終わった後の余韻がたまらない味になっています。
でも一部の漫画好きの人じゃないと、この独特な余韻は理解できないのじゃないかなあと思います。
今から45年も前に描かれた作品ですしね。。

img一応冒頭に英語で父親の解説がありました。

imgいつも思いますが、擬音をその国の言葉に翻訳するのは難しいだろうなと。

作品が世に出た1970年代初頭、これらの作品はまったく話題にはなりませんでした。
しかし、単行本「たばこ屋の娘」として再出版された時には、「このマンガを読め!」の2010年度ランキングで33位に入ります。
「このマンガを読め!」は、マンガの専門家たち50人が1年間に出たマンガの中からベストな作品を選んで投票し、集計した結果をランキング形式で発表するもの、書籍として毎年出版されています。
ちなみに年間で発行される単行本の点数は、1万3000点もあるのです。
その中で、もうこの世にいない作家の本が33位に入る、というのは驚異的だと個人的には感じているのですが。

img右側は先に出版されたフランス語版「たばこ屋の娘」。デザインにお国柄が出ますね。

imgアメリカ版は、表紙のエンボス処理が効いてます。

しかしマンガの専門家が選ぶマンガと、一般の読者が選ぶマンガってやっぱり若干違うのじゃないでしょうか。
前者はプロで、いわば通の人達ですからね。
だから日本人であっても、45年前の地味なマンガを読んで、いいなあと感じる人はそんなに多くはないのじゃないかなあとも思います。
なのに、アメリカ版ですよ。
アメリカ人は、45年前に描かれた極めて日本的なストーリーを英語で読んで、どう思うのだろうか?
45年前の日本といえば、アポロの月面着陸の成功に湧き、仮面ライダーがTVで放映を開始、小柳ルミ子の「私の城下町」が大ヒット、そんな年です。
このブログを読んでいる人の中でも、生まれてないっていう人もたくさんいるでしょう。

img上が昨年、ロンドンで出版されたイギリス版「隣室の男」。 下が1956年出版のオリジナル。60年前です。古いですねえ。

昨年はロンドンで、父の1950年代の作品を集めた短編集が出版されました。
今回はそれに続くアメリカ版での出版です。
世界中の一人でも多くの人に、父親の作品に触れる機会があったらよいなあと常に思っています。
だからアメリカでの出版は、とても嬉しいです。
松本正彦作品の中に流れる、独特のゆったりとした時間を感じてもらえたらと。
アメリカ人に感想聞いてみたいなぁ笑

アメリカ版の父の作品情報はこちら
↓↓
http://www.topshelfcomix.com/catalog/cigarette-girl/940

4日から始まるグループ展の作品を描いてます!

松本 知彦 for Private Time/2016.03.02/私の履歴書私の履歴書

ヤバい、ヤバい、全然間に合わない。
今週の金曜日からspace8でムサビの同級生のグループ展が始まるのですが、その作品制作がまったく間に合わない。
僕もメンバーに入っているので自分の作品を出さないといけないのです。
困ったなあ。
http://blog.10-1000.jp/cat31/001303.html

imgヒッチコック「北北西に進路を取れ」で砂漠のシーンのケーリー・グラント

というのも、先週高熱を出して1週間寝たきりになってしまったことが大きいです。
幸いインフルエンザじゃなかったけど、熱が38度以上3日間出て、マジで死ぬかと思いました。
夜も眠れないし、会社も1週間近く休んでしまった。
そのせいで、作品もまったく作れず・・・
今も体調が万全ではなく、新しい作品には着手できない状況なのです。
はぁ~あ、こんな機会めったにないのになあ。
懐かしい友人が来て、見られる作品がショボかったら嫌だなあ。
仕方がないけど・・・・

最近描いた手元にあるイラストを出すことを考えています。
半分は仕事で描いたものですが、それしか出すものがなく・・・汗
土日を使って描いていた絵ですが、締め切りがあったこともあり、あまり描き込めませんでした。
なんと、Bの芯が入ったシャーペン1本だけを使ってフリーハンドで描いたんですよね 。
シャーペン1本だけですよ! 笑
最近巷でよく見るイラストにありがちな、写真のトレースはしてません。
改めて見ると、タッチはガッサガサだし、なんだかなあと。
で、世界堂に行って、ステッドラーの鉛筆を数本買ってきたんです。
H、F、4Hなどの堅い鉛筆をね。
それを使ってシャーペン1本だけで描いた絵に手を加えました。
堅さの違う鉛筆を複数使って描くのは、高校生の時に予備校で習ったやり方です。

img「007 ロシアより愛を込めて」上がシャーペン1本で描いた状態

img女子のファンも多い「ゴッドファーザー」主演のアル・パチーノ

やっぱり違いますね。
1本150円だっつーのに、使うとクオリティが変わります。
こんなことなら最初から堅い鉛筆買って描けばよかった。
前の絵に手を入れる方が逆に時間かかるし。
ここで並べて紹介しますが、全然違うでしょう?

img「トーマスクラウンアフェア」のスティーブ・マックイーン カッコいい!

img1961年ロンドンのヒースロー空港に降り立った時のフランク・シナトラ

どうにか見られるレベルになったので、これを今回のグループ展には出したいと思います。
しかしなあ、わざわざ見に来てくれるっていうのに、もっと新しい作品も出したかったなあ。
自分的にはリハビリと言うか、昔のやり方を思い出しながら集中できてよかったですが。
でも是非とも原画を見にきてください。
やっぱり原画で見るのは違いますから。
そして気に入ったら買ってください 笑

img松と本のモチーフで作ったハンコが先に出来上がりました。

作品に押すハンコも新しく作りました。
このモチーフなんだかわかりますか?
松の木(pine)と本(book)です。
2つで「松本」ね 笑
作品の額装もこれからしなきゃいけません。
しかし、、、ホントに間に合うのだろうか?
いやあ、マジでヤバいです。

もし展覧会に来ていただける方がいらしたら、そのあたりのストーリーも含みつつ、御笑覧いただければと思います 笑
展示は3/4から13日の日曜までやっていて、どなたでも無料で入場できます。
3/5土曜の17時からと、3/6日曜の13時からは友人ナツコのスナックも営業されます(こちらはキャッシュオンデリバリー)。

別に同級生ではなくても、同じ大学じゃなくても、誰でもウェルカムな展示ですから、皆さんのお越しをお待ちしています。
待ってますよ!

社長が集まって組んだバンド the PRESIDENTS

松本 知彦 for Private Time/2015.12.08/私の履歴書私の履歴書

先日久しぶりに会った友人から、懐かしい写真をもらいました。
今から10年前にやっていたバンドのライブの時の写真です。
懐かしい!!

img今見るとちょっとカッコいいバンドだなぁ笑

メンバーは全員同じ大学の卒業生。
全員が当時社長だったので、「PRESIDENTS-プレジデンツ」っていう名前のバンドでした 笑
やってた曲は、見たまんまでキャロルのカバーです。
キャロルってバンド、今の人は知っているのかな?
70年代に矢沢永吉、ジョニー大倉がやってたバンドで、そりゃもーカッコよかったわけです。
聞いていた世代は僕より上の人たちで、リアルタイムで聞いたわけではありませんが
高校生の時ビートルズ経由でキャロルに触れて、カッコいいなあと思いましたね。
初期ビートルズにそっくりな音を日本語で歌うバンドでした。

img革ジャン、革パン履いたままの演奏って結構暑いのです

img比較するなんておこがましいけど、知らない人のために御本家

初期ビートルズもそうだったように、キャロルのメンバーも全員革ジャンにリーゼント。
それがヤンキー(当時はツッパリって言ってましたけど)の連中に受けたわけです。
日比谷の野音で行われたキャロルの解散ライブの映像を見ると、そういう輩が沢山出てきます。
キャロルの弟分、クールスもそうですね。
僕はヤンキーじゃありませんでしたけど。。
でもヤンキーという偏った狭いカテゴリーをはずしたとしても、キャロルは普通にカッコいいバンドでしたね。
このバンドは、同じ大学にいたリリーフランキーと15年くらいバンドをやったあとに、その友人たちと遊びでやっていた企画モノみたいなバンド。
でもスタイルだけは全員ちゃんと揃えてました。
革ジャンに革パン、アタマはカッチカチです 笑
やっぱりやるならこだわらないとです。←重要
バンドって演奏もそうですが、衣装を揃えるっていうことは結構大事なことなのです。

しかし、今見ると若いっすねえ。
楽しかったなあ。
その頃のライブの動画もyoutubeに上がってます。


写真に写っているライブは、渋谷のクラブで夜11時からの演奏でしたけど、そのライブが終わったあと、会社に戻って提案書を書き上げ、着替えて寝ないままプレゼンに行ったことを思い出しました。
それで、そのコンペも取っちゃうという、、、いやあ若いっていいですね 笑

imgこのあと会社に帰って提案書を書きました 笑

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