最初の仕事

松本 知彦 for Private Time/2011.05.31/私の履歴書私の履歴書

1997年に11年勤めた企業を退職した。
辞めてからしばらく一人でやっていこうと思っていたが、具体的な仕事もなく、この先やることも決まっていなかった。
大学時代のバンド仲間で、当時同じタイミングで会社をやめたインテリアデザイナーの越智と2人で事務所をシェアして、さてこれから何をしようか?と毎日暇な日々を送っていた。

そんな時、大学の後輩から電話があった。
後輩はフジテレビの美術部に勤めており、電話の内容は人気番組「スマップ×スマップ」の1コーナー「ビストロスマップ」のセットで使用するイラストを描いて欲しいという依頼だった。
断る理由もないのでこれを引き受け、さっそく制作に入ることにした。
依頼されたのは5人のメンバーが1枚に描かれた120号のキャンパス、メンバーそれぞれの肖像画5枚、計6点だった。

当時まだ都営新宿線の曙橋にあったフジテレビ本社で打ち合わせがあり、その際に何枚か写真を渡された。
タレント本人たちには当然会う機会はなかった。
与えられた制作期間は3ヵ月。
事務所で僕が絵を描いている最中、越智は後ろでずっと図面を引いていた。
傍から見たら、なんだかおかしな事務所風景だったことだろう。

img

作品が完成した時、フジテレビは丹下健三が設計したお台場の新しい自社ビルに引っ越していて、免許のない僕はそこまで電車で作品を運んだ。
帰りは身軽になるだろうから片道のみがんばればと思ったのだが、美術部の部長から背景の描き直しを依頼され、再び作品を持って帰らなければならなくなった。
帰る頃は、帰宅ラッシュの時間帯になっていた。
120号のキャンバスは、1辺が2メートルある大型の木枠で重量があり、これを満員電車で運ぶのは非常に大変だった。
周りから相当なヒンシュクを買ったし、お台場では風が強く、キャンバスもろとも飛ばされそうになった。

背景を描き直したあと再度フジテレビに作品を、今度は帰りが遅くならないように朝に持っていくと、OKが出て無事納品となった。
納品した作品は番組のタイトルバックにも使われ、テレビを通して毎週自分の絵を見るのは、なんだか不思議な感じだった。
これがdigという会社で最初の仕事になった。

何事もスタートする時に必要なのは決断と勇気であって、労力はさほどかからない。
継続しようと思った瞬間に、その何百倍もの労力を要する。
何も考えないままに会社として無事スタートを切ったかのように見えたが、その後待ち受けている幾多の試練についてまったく知る由もなかった。

img自分でデザインした会社設立を知らせるハガキ

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