僕にとって年賀状は表現活動だった その3

松本 知彦 for Private Time/2014.01.10/私の履歴書私の履歴書

前回の続きです。
大学に入学すると課題なんかそっちのけで、軽音楽部に入ってバンドに明け暮れるようになります。
それに伴って、年賀状もそれまで作っていた田舎の民家シリーズみたいな渋いテーマはどっかへ行ってしまって、突然別の表現になりました。
父の影響からも解き放たれて、ストイックだった自分にさよならって感じです。笑

80年代はニューウェイブの時代でした。
僕が大学に通っていた時は、ロンドンから最新の音楽がたくさん入ってきていて、それらにどっぷりと引き込まれていました。
もちろんアメリカのビルボードを賑わせる音楽もあったのですが、僕はどちらかといえばイギリスの音楽ばかりを聞いていましたね。

img大学1年生。う~ん、、ま、ニューウェーブってことで。。汗

imgここに掲載するのは恥ずかしい年賀状。この時は50’sのデザインが好きでした。

img大学3年生。なんとも言えない、、、、恥ずかしい感じ・・・・

大学の時の年賀状は、どこか80年代ニューウェイブっぽいです笑
蛍光色は80年代にあってはお約束の色ですね。
しかも木版はやめて、すべてプリントごっこで作ってます。
英語部分にインレタ(若い人は知らないだろうなぁ)を使ってるのが時代を感じさせますね。笑
色々やることや誘惑がたくさんあって、時間ばかりかかるオールドスクールの木版画には、この頃もう興味はなかったんでしょうね、きっと。
これらのデザインは稚拙で、今見ると恥ずかしい限りです・・・・
小学生~高校までの年賀状は、作ってる時の気持ちが伝わってきますが、大学生になったあとの年賀状からは、浮き足立ってる感じが伝わってきちゃいますね。
大学生でデビューしたのが、年賀状からも見て取れます。汗

img24歳の年賀状。一応木版ですが、もう年賀状じゃなくて普通のカードですね笑

img25歳。なぜPARISと書いてあるかなんて聞かないでください。。汗

imgペリエのボトル。なぜかゲーンズブールの曲名が書かれてます笑

そして社会人。
またなぜか木版に戻っています。
どうしたんでしょうね 笑
この頃はファッション、映画、音楽、すべてフランスに傾倒していました。
オールドイングランド、ハリス、エミスフェール、エルベシャペリエなどフランスのブランドが好きでした。
渋谷の宮益坂にあったフレンチアイビーのセレクトショップ、イエスターモローにも通っていました。
今はお店もなくなっちゃいましたけど、あの髭の店長どこへ行っちゃったかなぁ。

img現代版の「男と女」なんでしょうか。またフランス語。

ファッションだけではなくて、ゴダールの「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」、「男と女」、六本木のシネヴィヴァンで上映されていた単館系のフランス映画もたくさん見ました。
当時はレオ・カラックスの「汚れた血」や、ベアトリス・ダル主演の「ベティブルー」、アメリカからはロードムービーの流れが注目されてました。
「パリテキサス」や「ストレンジャーザンパラダイス」、「バグダッドカフェ」の頃ですね。
ゲーンズブール、ジェーン・バーキン、フランスギャル、フランソワーズ・アルディ、ミッシェル・ルグラン、フランシス・レイ、そしてネグレスヴェルトやクレスプキュールレーベルのアンテナまで、フランスの音楽も色々聞きました。
だから年賀状も、木版を使ってはいますが、そんなテイストになっています。
ここまで来ると、若干今っぽくなってきたと言うか・・・・
この時の僕は27歳。

そして次回は最終章。30歳で木版画をやめるまでです。

profile

recent entry

category

archive

saru

ページトップ
表示切替:モバイル版パソコン版