僕にとって年賀状は表現活動だった その4

松本 知彦 for Private Time/2014.01.14/私の履歴書私の履歴書

前回の続き、版画テーマの最終章です。
社会人になると学生の時のように冬休みが長くないために、凝った表現は現実的にむずかくなりました。
ほとんどの企業がそうだと思いますが、だいたい正月休みは1週間だけ。
休みに入ってから元旦まで3日くらいしかないので、冬休みに入ってスタートしたんじゃ当然間に合うわけがない。
かといって、休み前に制作をスタートすることは、仕事が忙しくてとてもできない。
彫るだけで1週間以上かかる木版の製作に、冬休みの時間すべてを取られてしまっていました。
年によっては会社が始まってからも、家に帰って夜に年賀状を刷っていたり。

imgこういうポップな表現を日本の古典技法である木版でやるのはちょっとおもしろいかも。

img時間をかけずに木版のよさを引き出せないか、工夫しようとしているのを感じます。

同じ頃マッキントッシュのPCが現れ、個人でも年賀状がオリジナルでデザインできるようになりつつありました。
最初は抵抗して、オールドスクールの木版画にこだわって制作を続けようとしますが、最終的には泣く泣くPCでデザインする年賀状にシフトしていくのでした。
木版はライフワークとして続けたかったけど、制作に時間のかかる版画の技法は、企業に勤めながら行うには無理がありました。

img紙で作った切り絵をスキャンして作った年賀状です。

imgその翌年からはPCでデザインした年賀状になっています。この時30歳

版画と同じような技法で、ショートカットで簡易的に作れるものはないだろうか?
PCで作る年賀状にシフトする前に、1度だけ切り絵にチャレンジしています。
でもやっぱり印刷なので、そこに自分の求める味は出せませんでした。
PCでデザインするようになると、当然版画の持つ手作り感は失われます。
印刷ですからね。
そこに人の手で作られた温かみはありません。
切り絵を最後に、それ以後はPCでデザインする年賀状に路線を変更して、今に至っています。

そんなわけで、小学校から続いていた松本少年の版画ヒストリーはピリオドになったのです。
こうして7歳から30歳までの23年間に作った年賀状を時系列で見ていくと、もちろんその時々で自分が好きだったものや背景がわかって面白いのですが、そうした個人的なノスタルジー以外に感じることがあります。

それは表現としての版画は、小学6年、中学1年くらいが頂点だということです。
それ以降はすべて焼き直しに過ぎません。
まっすぐに自分の好きなことに向かっている姿勢が、作風から真摯に伝わってくる小学校の時の版画をピークに、あとは大人になるにつれ、情報を知り、遊びを知り、スタイルやカルチャーを知り、それに比例して時間はなくなり、表現は右肩下がりに。
これは仕方のないことだと思いますが、情報は必ずしも人に良い影響を与えるばかりとは限らないということです。

img作品は古く感じませんが、作っている時の写真は思いっきり昭和!!

img写真はこの版画の墨版を彫ってるところですね。小学校6年生の作品。

大人になってからの版画と小学校の時の版画を比べると、小学校の時の方が純粋でひたむきな情熱が伝わってくる、と感じるのは、作った本人だけではないでしょう。
人は不思議なもので、作った時の作り手の姿勢や情熱までを作品から感じるものなのです。
あの時の純粋な松本少年のように、機会があれば、また木版画をやってみたいなあと思います。

以上版画を用いた年賀状の20年を振り返った紹介でした。
今回この一連の記事をアップしたら、色々な人に驚かれて、逆に僕がびっくりしています。
小学校の年賀状を保管していることが、そんなに特別なことだとは思いませんでした。
こんなことでも、皆さん楽しんでもらえたら嬉しいです。

日々の忙しい仕事の中で、忘れていたあの時の自分の純粋な気持ちを思い出して、また仕事に戻りましょう。

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