リンタロの受験

松本 知彦 for Private Time/2014.04.14/私の履歴書私の履歴書

リンタロの受験が終わりました。
子供の受験というのは家族全員を巻き込んだ一大イベントだということを思い知らされましたね。
そこには色々なドラマがありました。

img発表をWeb上で行うところと、学校へ見に行かなければいけないところがあります。

ここに何度か書いてきましたが、勉強するのが本当に苦痛で仕方なかったリンタロ。
ほとんどやる気を見せることなく、本気で勉強することなく、受験本番になってしまいました。
初日1発目の受験は一応第1希望としていた学校でしたが、早速落ちてしまい、、、、
続いて2日目に受験した学校もすべりました。
いや、勉強してないんだから落ちるの当たり前なんだけどね 笑
全然本気でやってなかったのに、家で泣いているリンタロを見て、ちょっとびっくりしました。
だったらさぁ、なんで勉強しなかったんだよと両親揃って感じた次第ですが、それよりも、、、
泣いているリンタロを見た兄弟たち全員が、可愛そうだと言って、さらに大きな声を上げて号泣してしまい、家の雰囲気は真っ暗になりました 汗

次の試験は2日後に迫っていました。
中学の受験システムは複雑です。
1つの学校で 2回の試験があって、両方受けることも可能ですが、第1志望として受ける学校の場合は1回目を、第2志望の場合は2回目を受けることが多いです。
同じ学校でも1回目の試験の方が比較的通りやすく、2回目は倍率と偏差値がグッとあがります。
どの学校の何回目の試験を受けるかというのが、戦略のカギになります。
リンタロは1回目の受験は落ちてしまったので、2回目しか残されていませんでした。
2回目の方が試験はむずかしい。。
ここからの気合いは素晴らしかった。
はじめて本気で2日間勉強してるのが伝わってきました。
落ちるというリアルな体験を経て、やっとやる気になったようでした。
結果的に、その後に受けた学校は全部受かるのですが、まあ、あれだけ勉強せずに最後の2日間で帳尻合わせるっていうのはある意味才能なのかもしれませんね。

受験する中学は奥さんとリンタロが話し合って決めていましたが、大学まで続いている学校は、受けさせない方針で、大学がくっついている学校は1つも受けませんでした。
大学までつながっていれば、必ずイージーな選択をして付属の大学に進んでしまうというのが奥さんの持論でした。
大学は自分の力で決めるべきというのは、下から進学してきた学生がたくさんいた大学に通っていた奥さんにとって、何か感じることがあったのかもしれないですね。
そうえいえば以前働いていた企業にも学閥があって、同じ大学の卒業生だけが集まる傾向にありました。
そのほとんどが慶應でしたが、まったく異なる傾向の大学に進んだ自分にとって、その光景はある意味羨ましく映ったものです。
下からエスカレーター式で大学に進み、大企業に勤めるならそれでもいいのかもしれないですね。
でも彼らには確実に選民意識のようなものがあって、それは多少気持ち悪かったですが。汗

img受かった夜、叙々苑で焼き肉を食べていたら、会話が聞こえたようでお店から粋なサプライズ

img本当に優しいアンヌ隊員。自主的に手作りの旗を作ってリンタロの帰宅を迎えていました。

リンタロが受かった中には公立の6年制の学校もあって、中学なのに倍率が10倍以上だったのですが、僕はお金も安いし、公立だから多様性があるだろうし、共学だし、それをリンタロに勧めたのですが・・・・
リンタロは私立の男子校を選びました。

img何が気持ちいいって、溜まった受験用のノートやテキストを全部捨てる時です。

僕も男子校でした。
でもねえ、中学はまだいいけど、高校が男子校というのはきついです。
いい思い出が1つもないです。
その話もしたんですけどねえ、でも彼は男子校を選びました。
18歳まではストイックな生活ですね。
まあ、それもいいか。
次の岐路は6年後。
自分の力で進路を決めて欲しい。
学ランに布製の白い肩掛け鞄というクラシックなスタイルで、もう中学に通い始めています。

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