PTAの活動 その締めくくりに

松本 知彦 for Private Time/2014.04.16/私の履歴書私の履歴書

リンタロが最終学年だった昨年の1年間、小学校のPTAの仕事をたくさんしました。
副会長を務めた2年前に続き、振り返ってみると、またまたたくさん働いてしまった1年でした。
やっと終わったのでちょっとレポートすることにしますね。

img2人とも自画像とのこと。男の子の方、笑っちゃいました。

前年度は85周年ということで、去年の今頃にプロジェクトはスタートしました。
鼓笛隊のユニフォームを購入するための売上目標を立て、その実現に向けてまずTシャツの販売を計画しました。
Tシャツのデザインを任されて、販売を告知するために学校の廊下に貼るポスターとチラシを制作。
そのビジュアルとして、リンタロとアンヌ隊員にそれぞれ絵を描いてもらいました。
リンタロは雑誌のレオンを、アンヌ隊員はヴォーグを見ながら描いたので、それぞれのポーズがそれっぽいのが笑えます。
販売活動の結果、在校生数を超える数が売れて、Tシャツプロジェクトは大成功に終わったのでした。
そんな活動の中で僕は副校長先生(昔で言う教頭先生)と仲良くなりました。
色々な話を聞きましたが、そこには彼の学校に関する悩み、現状学校が抱える問題、PTAとしてやってほしい事などが浮き彫りになって、僕は自分なりに考える機会を与えられたように思います。
そして自分が活動に関わっている以上、何かのカタチで役に立ちたいと感じました。
僕がPTAの活動を2年間やって一番感じたのは、この副校長先生との響き合いであり、心で感じる瞬間だったように思います。
副校長先生に会うことができたのが、自分にとって一番大きかった。
心から会えてよかったと思える存在でした。

imgいつものようにオールフリーハンドで描きました。

img水彩で着色したもの。

img冬休みと土日を使って描きましたが、結構時間がかかりました・・・

活動の締めくくりに控えていたのが、85周年を記念する周年誌の制作でした。
児童の父母からなる5人のプロジェクトチームが集まって考えたことは、ありきたりの硬い周年誌を作るのはやめようということ。
その1点で意見が一致して、制作はスタートしました。
集まった5人はその分野のスペシャリストで、この制作プロセスは楽しかったですね。
僕はアートディレクションとイラストを担当しました。
卒業式の1週間前にどうにか出来上がったけれど、お母さんの友人もいないし、学校に行く機会もないのでその評判については、今もあまり聞けていません。
みんな喜んでくれたらなあと思っています。
簡単にできました、って書いているけど、これはなかなか大変な仕事で、、、もう2度とできないでしょう。汗

img完成した周年誌です。

最後に周年誌に使用した写真を展示した展覧会をSPACE8で開きました。
とってもよい展覧会で、自分で言うのもなんですが、活動の最後を締めくくるに相応しい素晴らしい展覧会だったと思います。
いやあ、しかし繰り返しになりますが、こんなことはもうできない 笑

imgポスターももちろんボランティアで。

img子供たちの明るい生き生きとした表情をここでお見せできないのが残念です。

卒業式も無事に終わって、1週間に渡って開かれたSPACE8の写真展も終わって家に帰ったある日、1通のハガキが届いていました。
それは副校長先生からのハガキでした。
小笠原島の小学校に、今度は校長先生として赴任になったことを知らせるハガキでした。
そのハガキには、「SPACE8に行けなくて残念です。周年誌は一生自分の宝物にします。」と直筆で書かれていて、それを読んだ時、なんだか胸が熱くなってしまいました。
先生は表面的にそんな内容を書く人ではないことを、僕は十分に知っているからこそ、
もう涙が出そうでした。
もっともっと話がしたかったです。
先生は、PTAの会合に、もっと前向きに参加する必要性を感じたのは、松本さんの話がきっかけだったと言ってくれましたが、僕こそたくさんの感謝をお伝えしたかったです。
本当に今までありがとうございました。
一緒に活動したいって感じられる人に出会えることは、本当に少ないです。
そんな先生と2年間ともに活動ができて自分はうれしかったなあと、今は思い返しています。
小笠原の小学校は渋谷と全然違うでしょうね。
でも先生のような情熱あふれる校長先生が小笠原にいるなんて羨ましいです。

さようならの挨拶もしないままに、いなくなってしまった先生。
人との別れは寂しいものです。
4月はそういう季節でもありますね。

img校庭から見た校舎を描きました。

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