こ、これってワタシ?

松本 知彦 for Private Time/2011.03.30/私の履歴書私の履歴書

昨日本屋に行く機会があって、GQの最新号を立ち読みしていたんですが・・・・
「あれ? え、えー? これは・・・?」

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そうです。
ダルビッシュが表紙のGQ 5月号の特集「街角のウェルドレス・マン」82ページに自分の写真が・・・。
この写真を撮られた時の記憶はもちろんありますが、雑誌に掲載するなんて言ってなかったじゃんよー。
こんなシモブクーレで・・・全国誌に出ちゃうなんて恥ずかしい・・・・。
ま、いいですけど。しかしサンオツだなあ。

この写真を撮影したシトウさんはカリスマブロガーとして、スコット・シューマンのサイトにもよく登場する有名な女性です。
彼女のブログサイトに自分の写真が掲載された時には、福岡、ロンドン、スペインに住む友人からそれぞれメールが来て本当にびっくりしました。
恐るべしブログの影響力。
そして恐るべしブロガー。
みんな見てるんですねえ。
http://stylefromtokyo.blogspot.com/2010/04/tokyo-dandy-gentlemanvol13.html

フランスからのニュース

松本 知彦 for Private Time/2010.12.28/私の履歴書私の履歴書

2010年11月、来年フランスで開かれるコミックの祭典アンギュレームフェスティバルで、父が70年代に描いた作品「タバコ屋の娘」のフランス語版が賞にノミネートされたというニュースがロンドンに住む友人から入ってきた。
思えば父の作品をリアルタイムで知る人たちは既にもう60歳以上。
2000年に再版された「パンダラブー」をはじめ、2009年に出版された3冊の単行本で今の若い人たちにも多少は知られたかもしれないが、遠いフランスの地で父の作品が人々の目に触れて賞にノミネートされるというのは不思議な出来事であり、非常に喜ばしいことだと思う。

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2005年2月14日に父は亡くなった。
進行性の胃がんだった。
見つかってから胃の全摘出の手術を受けたが、その後たった1年足らずで逝ってしまった。
一人息子の僕は父からたくさんの影響を受けた。
そのもっとも大きなものが絵だった。
漫画家であった父親が教えたのか、勝手に好きになったのか、最初のきっかけはわからないが、幼稚園に行く前から毎日絵を描いて過ごしていた。
入園した幼稚園で年中クラスの時、生まれて初めて賞をもらった。
小学校で新聞に絵が掲載され、中学校ではポスターコンクールで東京都知事から賞状をもらった。
小学校入学以降、図工の成績は5段階の5で、高校生まで美術の成績は常に学年でトップだった。
そして美術大学に進んだ。

自分にとって絵画は切っても切り離せない、人生で一番大きな比重を占めている。
僕を絵に向かわせたのは父であり、賞への応募を勧めたのも父だった。
絵が素晴らしいものであること、人生に必要な小さな成功体験の積み重ねで得られるものを父は絵によって教えようとしていたのかもしれない。
自分の人生の向かうべき方向が絵によって決定される、結果的にそれを指し示したのが父であった。

ここまでは決して美術だけを志してきたのではない。
何度も絵をやめようとしたし、何度も別の道を選ぼうとした。
それは幾度となく自分の内面に起きた葛藤の表れだった。
自己のアイデンティティを見つめ、それを未来に生かそうとする時、絵を描くこと、人生を生きること、この2つのバランスについて深く考えさせられてきた。
絵描きであった父もこの問いに間違いなく触れたはずだが、それに対してどのような結論を見出したのだろうか?いや問い自体を自覚的に持ち、自分でも葛藤していたであろうか?
今その答えを知ることはできない。

父を語るとき、そして人生で大切なものを教えてくれた父を通して自分のアイデンティティを顧みる時、そこには必ず葛藤がある。
それは40歳を過ぎた今でも変わっていない。
自己を振り返り、この終わることがない問いについて触れ、日経新聞の「私の履歴書」よろしく、絵と自分についてここで語ってみたいと思う。

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