代々木上原 篠原一男の住宅

松本 知彦 for Private Time/2014.04.23/東京東京

代々木上原エリアの建築ラッシュの話は前回書きましたが、今大規模マンションの建築現場は少なくとも2つ以上は確認できます。
これらはどれも大手不動産による開発ですが、元は公官庁や上場企業の寮でした。
リーマンショックを機会に手放したんでしょうね、きっと。
しかし敷地がでかい。

img富山県庁の宿舎と近隣の住宅を壊して、大規模マンションを建築中

代々木上原のエリアは商業地域が少なく、ほとんどが第1種低層住宅地域にあたります。
ですからマンションを建てる場合でも法律上3階までの低層しか建てられないのですが、それでもビジネスとして十分に成立し得るのは、便利なロケーションと周りの住環境が理由だと思います。
郊外ではなく、渋谷真ん中のこんなでかい敷地にマンションを建てるというのは、経済状況が変化しなければ、なかなか実現しなかったことなのでは。
いったい一戸あたりいくらで販売するのでしょうね。

同じ町内にはTVアナウンサーの住む豪マン(豪華マンション)や、イタリアの高価なインポート家具で知られる社長宅、球団も持つIT系企業の社長宅、ラグジュアリーリゾートで知られるホテルの社長宅、百貨店のオーナー宅、観光ビジネス会長の豪邸、そして少し離れたところには世界進出を加速させるアパレル企業の社長宅(桁違いの大きさ)などが点在しています。
そして芸能人・・・・

img小住宅ながら建築史に残る名建築。

さてそんな住宅とは対照的に、同じエリアにひっそりと佇む名作建築を今回は紹介します。
篠原一男先生設計の「上原通りの住宅」です。
1976年の建築ですから、40年前の住宅ですね。
大規模マンションの建築現場のすぐ近くにあります。

知らない人には全然わからないと思うのですが、この篠原一男という人、建築学科の学生なら誰でも知っている、住宅設計では偉大な人なのです。
40年前に建てられたこの住宅も当時は画期的でした。
40年前と言えば、ほとんどが日本的な意匠を持つ木造住宅の時代。
その時代にコンクリート打ちっ放しで、こんな抽象的な空間を作り出す建築家はいなかったのです。
カメラマンの自宅兼スタジオとして建てられたもので、1階はアトリエ、2階以上が居住空間になっています。
構造は2階部分がキャンティレバー(片側だけが固定されている持ち出し構造)で、木のような形をした2本のコンクリートの柱がそれを支えています。
室内にも巨大な日本のコンクリートの柱がむき出しになっている・・・
これは生活するうえで邪魔なのはないかと思いますが・・・
しかし、篠原一男が作り出す抽象的な空間や建築思想は、その後に続く伊東豊雄や安藤忠雄にも多大な影響を与えました。
建築に精神性とか身体性とかを求めるのは古いかもしれませんが、そういう時代だったのです。
同じく篠原一男先生による名作住宅「上原曲がり道の住宅」も代々木上原にあるはずなのですが、こちらはどこにあるかわかりません。

img

imgキャンティレバー部分が若干下がってきたと思われます。

同じエリアには、アトリエ系建築家が手掛けたユニークな住宅が他にも点在しています。
以前のブログでも紹介しましたが、千葉学の打ちっ放しのボックス住宅、ADHのカッコいい個人宅、高松伸の地上ゼロ階、地下3階のバブル建物、他にも長谷川逸子や北山恒のいたworkshopのオフィスビル、納谷兄弟の集合住宅、照井信三が手掛けたアパレル会社社長宅、ソニーコンピュータエンタテイメントのビルを手掛けたアーキテクトファイブによる集合住宅、内海智行が設計したグエナエル・ニコラ邸、狭小地に建つみかん組の住宅などなど。
アトリエ系建築家による、こんなにたくさんの建築が見られるのは、代々木上原ならでは。
それらを散歩しながら眺めるのも楽しいものです。

imgみかん組の住宅、みかん組も最近は聞かなくなりましたね。

img80年代に建てられた長谷川逸子先生の古着屋の本社ビル

img顔見知りの山嵜さんが建てたas know asの本社ビル

imgあんまり好きじゃない、アーキテクトファイブの手掛けた集合住宅

代々木上原 建築ラッシュ

松本 知彦 for Private Time/2014.03.11/東京東京

最近、代々木上原の住宅エリアでは、建築現場をいくつか見つけることができます。
これって消費税が上がる前に家を建てちゃおうってことなんだと思います。
その中でもカッコいい家がありました。

img角地にできたカッコいい住宅

imgこのミラーガラスの向こうに本来の窓があります。

imgここは駐車場。単純なボックスの意匠は潔くてよいですね

この角はずっと更地だったのですが、最近気が付いたら家が建ってました。
コンクリート打ちっぱなしと反射ガラスの外観。
写真だとわかりにくいと思いますが、反射ガラスの内側には吹き抜けの中庭があります。
なので、反射ガラスの向こうに、屋外と室内を遮る本来の窓がある、というプランになってます。
最近の建築は、建ぺい率や容積率だけでなく、以前はなかった天空率という法的規制が加えられ、特に両側を道路に挟まれた角地は、これによってかなりの制限を受けるのですが、こんな道路ギリギリから垂直に壁を立ち上げても法律に触れてないようですね。
飾りのないシンプルなボックスのデザインがカッコいいです。
建築事務所はバケラッタです。(Q太郎の弟とは関係ないです・一応)

img表参道のLVMHビルのような住宅は隈研吾先生によるもの

imgこれまたすぐ近くにある住宅。敷地がでかい。

この住宅から1分もしないところに、以前紹介した隈研吾が設計を手掛けたルーバーの住宅があります。
そしてさらに近くに、建築家は誰か忘れちゃったけど、以前モダンリビングで紹介されていた「山」という名前の住宅もあります。
どちらもかなり土地面積が広いですが、設計を住宅メーカーに頼まなかったというのはいい選択ですね。
それ以外にも、大規模マンションが建築中だったり、戸建てが建築途中だったり、これも消費税のせいでしょうか?
それとも景気がよくなっているのかな。
体感できないけど。。

img井の頭通り沿いにあってベタベタの外観が目立つ

img坂茂先生設計で完成当初はこんな感じでした。

一方で残念な例もあります。
1994年に坂茂の設計で、代々木上原の井の頭通り沿いに建てられたギャラリーなんですが・・・・
今では悲しいことに。
ポンピドゥーセンターの分館を設計した建築家の建築が今はこんな状況です。
施主が変われば使い方も変わる。
建物が売られてしまえば、あるいは借り手が変われば、建築家の意図や建物のコンセプトはまったく関係ないのです。
しかし、こんなにシールをベタベタ貼られると町の景観も悪くなるし、悲しい限りです。
コンビニでもないのだから、他にやり方あるのじゃないかと思いますが、入っているのは不動産屋という、、、、建築の魅力を引き出して紹介する仕事に携わる会社というのがなんとも皮肉ですね。

新橋 昭和の建築

松本 知彦 for Private Time/2014.03.06/東京東京

最近、仕事で新橋に行く機会があります。
新橋は数少ない昭和の面影を残す街。
興味深い建築がたくさんあります。

img新橋駅の真ん前にあるビル。1号館と2号館があります。

クライアントの企業は新橋駅前ビルという名前の、オフィスと飲食のテナントがたくさん入っている複合ビルの中にあります。
地下鉄銀座線から地上に出なくても、改札口を出て地下から直接アクセスできるビルです。
竣工は昭和41年(1966年)ですから、今から50年くらい前に建った建物ですね。
外観は一言で言うと、ウルトラセブン笑
あの頃に考えられた未来的なディテール(ウルトラセブンもそうですが)をあちこちに感じることができます。
当時は低層階が飲食で、その上がオフィス、しかも地下鉄から直結する複合ビルはまだ珍しかったことでしょう。
今で言う、丸ビルや六本木ヒルズみたいな感じでしょうか。

img新橋駅前ビルの1階。当時は最先端のデザインだったでしょう。

以前は受付嬢がいたと思われる大理石のカウンター、団地によく見られるような郵便受けの集合ボックスなど、今ではあまり見られなくなったものが見られます。
入ってる飲食店がかなり昭和です(たぶん当時のまま営業している)。

そのビルを出て少し歩いたところにあるのが、丹下健三が1967年に設計した「静岡新聞・静岡放送東京支社」のビルです。
70年代に一世を風靡したロンドンの建築集団アーキグラムからの影響を受けつつ、日本でも丹下健三、菊竹清訓などの建築家がこぞって唱えたメタボリズムの思想に基づいて建てられた建築です。
都市は細胞の新陳代謝のように代替え可能なユニットで構成できるというもの。
このビルも上降機能がある1本の柱をコアに、1つ1つの部屋がジョイントされたような構造を持っています。
柱に部屋を取り付けたような構造。
今は亡き菊竹さんが設計した建築で、上野の不忍池の脇にあったホテルを思い起こさせます。
以前このブログでも紹介しましたけれど、僕はこのホテルのデザインが好きでした。

img遠くから見てもすぐわかる丹下健三先生設計のビル。

img1階のエントランス脇に小さなプールがあるのが可愛い。

img構造は同じメタボリズム建築で有名な以前上野にあったホテルにそっくり。

もう少し汐留方面に歩くと、同じくメタボリズムの思想を代表する1970年に建てられた建築、黒川紀章の最高傑作でもある「中銀カプセルタワー」があります。
このビル、すべての部屋の家具がユニットになっていて、理論上はこの部屋のユニットをボックスごと付け替えられるように設計されています。
入ったことはないですが、作られた当初のインテリアはかなりカッコいい。
2001年宇宙の旅みたいです。
以前、取り壊されるという話もありましたが、この建築は残して欲しいですね。
5年くらい前まで、ユニット単位で分譲していましたが、今でも継続して販売しているのかな。
オーナーの中には独自にリノベしている人もいるようです。

img黒川紀章の傑作「中銀カプセルタワー」

imgできた当初のカプセル内のインテリアは超カッコいい。

これらの建築は名作だと思いますが、いつかは壊される運命にあります。
特に日本では、スクラップ&ビルトが良しとされるカルチャー。
今の国立競技場をリノベして使うことを考慮する以前に、巨額の資金を投じてザッハ・ハディットの新競技場をまた作ろうとしています。
経済的観点だけですべてを判断せず、せめて名作と言われる建築は残しておいて欲しいものです。

西荻窪 商店街

松本 知彦 for Private Time/2014.02.24/東京東京

今東京の西地区、中央線が熱いです。
特に西荻窪はその中心だと思います。

img駅を降りるとすぐに可愛い古着屋?

西荻窪は僕が大学生の時は焼き鳥屋くらいしかない、ごちゃごちゃした街でした。
荻窪と吉祥寺に挟まれて、急行も止まらないし、降りる用事もないマイナーな駅。
自分もバンドの練習で西荻のスタジオに行くため、3回くらい下車したことしか記憶にないです。
でも家賃が安く、吉祥寺に近い住宅地なので学生にはよかった。
その後、西荻には古着屋のブームが訪れて、小さな古着屋が集まってきます。
ヌードトランプとか、ここからデビューして中央に進出した古着屋もありました。

そうした下地があることも影響しているのか、ここ2,3年。クラフト、手作り、ヴィンテージのブームで西荻にはユニークなショップが多く集まっています。
それらのお店が連携して、イベントを行ったり、なんだか西荻は熱いのです。
ちょっと前は中目黒が東京で一番ホットな街でした。
でも今は西荻かもしれません。

中央線沿線は昔からディープなサブカルの街として有名です。
中野といえばブロードウェイとまんだらけ、高円寺は70年代フォークの時代から多くのバンドマンが住んだ街、漫画家が集まる阿佐ヶ谷はアニメの街として今再生計画中です。
吉祥寺はカフェなどが集まる郊外型のお洒落な街ですが、それより新宿寄りはディープな駅が続きます。
東京の西地区、中央線は昔からカルチャー発信地としての素地があるのです。
家賃も安く、たくさんのおもしろい店が集まる住みやすい街だと思います。
美大を卒業した学生も多く住む駅でもあります。

img焼き菓子のお店「モイスェン」。雑貨と+焼き菓子=今の気分ドンズバでしょう。

img古本屋の「にわとり文具」。西荻には”古本カフェ”も多くあります。

img穏やかな音楽専門のCDショップ「雨と休日」。こういう店は中央線ならでは。

こうした雑多な環境は、クリエイティブが育ちやすい環境ともいえるでしょう。
たぶん何かを始めるとき、金銭面含め他の駅より障壁が低いのではないでしょうか。
だから西荻のこうしたブームも必然と言えば必然で、中目黒や恵比寿では絶対に起きない現象なのです。

imgこういうシブいヴィンテージ家具ショップも西荻ならでは?

ぶらりと散歩するにはちょうどよい。
小さくて可愛いごはん屋もたくさん点在しています。
あなたも時間のある週末、仕事を忘れてゆったりと流れる時間を愉しみに1度西荻に行ってみてください。

isetan men's 10周年パーティ

松本 知彦 for Private Time/2013.09.17/東京東京

早いもので、伊勢丹メンズ館ができて10年なんですね。
先週、10周年パーティの招待状をいただいたので早速行ってきました。

img中腰なのがニコライ・バーグマン氏本人。

10年の節目ということで、例年とは異なり各フロアでイベントが催されていました。
エントランスには、ニコライ・バーグマンによるフラワーインスタレーション。
僕が行ったときは、本人がアレンジしている最中でした。
その他にもタップダンスのショーなどなど各フロアで趣向を凝らしたイベントが開かれていたようです。
全部は見てないのでわからないですが。

img8階にあるチャーリー・バイのサロン

img今回のイベントで配られた会員カード

個人的に、今回のメインは8階だと思います。
昨年9周年の時には、集英社元プレイボーイ編集長、島地勝彦さんがプロデュースしたサロン・ド・シマジがオープンしましたが、今回も同じフロアになぜか新しいサロンがもう1つ。
サロン・ド・シマジが好評だってことですかねえ。
チャーリー・バイスという謎の人物が開いた会員制のサロンとのこと。
エントランスには扉があり、内側はクローズドな空間になっています。
イベントではオープンにしていましたが、カードを持ってないと扉の中のサロンには入れないそうで、今回の10周年パーティ来場者にはそのカードが配られていました。
「国籍も素性もわからない謎の人物で、もしかすると来店するかもしれません。」
伊勢丹のスタッフ誰に聞いても、全員マニュアル通りの小芝居のような答えでちょっとおかしかったですが、小山薫堂さんがプロデュースする架空の人物によるブランド?
当日、小山さんご本人も見えてました。
8階はレジデンスという名前の通り、伊勢丹が考えるライフスタイルを提示する空間。
情報も商品もあふれる今の東京で、顧客は何を面白いと感じるのか?どうやったらその場所へ行きたくなるのか?伊勢丹メンズ館8階にも試行錯誤があります。
人は商品や情報そのものだけに引き寄せられるってことは、もうないのじゃないですかね。

img以前は写真の右側全部ラルフローレンでした。

しかしこの広い空間、以前はなんだっけな??
そうだ、ラルフローレンでした。
今までの8階は、このラルフローレンだけが旧来の百貨店方式の場所貸しビジネスで、そのスペースだけラルフローレンの世界観で作られた独立ショップになっていて、まったくよいとは思いませんでした。
ラルフローレンは7階に下がり、今回その場所が上記のサロンと時計売場に変わっていました。
売上げは知らないですが、コンセプトとしてはこちらの方がよい。
1階の時計の売場が8階にあがってきたのですが、1階のそのスペースには、既にイヴサンローランのショップがオープンしています。

imgテーブルの上に並んでいるのがギフトカタログです。

さらに、伊勢丹のギフトカタログが登場。
こちらの企画はよいですね。
顧客ニーズをカタチにした、この伊勢丹ギフトカタログの発案者はエライと思います。
僕も毎回、このブログでギフトの話を書いていますが、その購入場所はほとんどが伊勢丹です。
少しエッジの効いた伊勢丹ならではの商品を集めたギフトカタログは、自分で品物を選べない人にとっては絶対的に便利でしょう。
ビジネス的な数字も必ず取れると思います。

img今回のイベントノベルティはブラックウォッチ(伊勢丹チェック)のベアブリックと

img以前香港在住の実業家T氏に送った名入れハンガーのプリント版。太っ腹。

などなど、顔見知りの伊勢丹バイヤーの人にギフトカタログについての説明を聞いていたら・・・・
突然、知らない男性に話しかけられました。
その方の本職はフラワーコーディネーターらしいのですが、今写真集を作っていて是非それに出てくれないか?というお誘いでした。
100人撮影する予定で、先に撮影が終っている人のポートフォリオを見せてもらうと、元VAN現シップス顧問の鈴木さん、信濃屋の白井さん、ユニオンワークスの中川さんなどなどウェルドレッサーの重鎮ばかりなのです。。汗
僕はクラシックではないし・・・・・
どちらかというとコスプレの(ど)クラシックは好きではなく、、、、、
ともお伝えしたのですが、服ではなく人を撮影する主旨だということ、前述のような服飾関係者は全体の3割くらいだけ、既に80人の撮影は終っているけれど、その中でこちらから話しかけてお願いするのは僕の他にもう1人、2人だけだということを話されて、、、お受けすることにしました。
今までもメンズEX、BRIO、古くはメンズクラブの街角スナップなど、街を歩いていたら洋服のことで声をかけられて撮影されたことはあります。
しかし、スタジオできちんとした撮影をしたことはありませんでした。
声をかけられて2日後に、代官山のスタジオで撮影を。
パーマ取れかかっているのに・・・・まいっか。
出版は来年秋だそうです。

人の出会いは何かの縁です。
しかしなあ、そんなこだわりのダンディズムな人ばかりの写真集に僕が出ていいのかなあ。
でも楽しみに待っていることにしましょう。
もちろん書店に並ぶ頃には皆さんにもお知らせしますね。

青山 INTERSECT BY LEXUS

松本 知彦 for Private Time/2013.09.09/東京東京

先週、青山に新しくオープンしたレクサスのショールーム「INTERSECT BY LEXUS」の内覧会に行ってきました。
マスコミ関係者へのお披露目の前に開かれた、内々のパーティでしたが、設計を担当した片山正道氏率いるワンダーウォールからご招待いただいたので覗きに行ってまいりました。

img場所は青山のヨックモックの前です。以前デザインワークスがあった所。

この建物は車のショールームとしてだけではなく、レクサスブランドの世界観を訴求して行くコンセプトショップ、ライフスタイル発信ストアとして、今後世界の各都市に同じ施設を作って行く計画とのこと。
その1発目が東京ということです。
インテリアは片山正道氏、サウンドプロデュースは友人のテイトウワ氏が起用されています。
リーマンショック以降、こうしたデザインコンシャスなコンセプトストアって見なくなってしまって、個人的には久しぶりの登場という気がします。

img1階カフェの吹き抜け部分には写真が展示されています。そして吹き抜けには消防法で設置が義務付けられている垂れ壁もインテリアの一部としてデザインに取り込んでいます。逆転の発想。

さて早速中を見てみると、まず1階のエントランスを入ってすぐの場所にはカフェ。
ここは朝からの営業でパンも買えるそうですが、カフェ営業は富ヶ谷の人気カフェ「フグレン」がやってると聞いてびっくり。
ノルウェーからやってきたこのフグレン、その筋ではめちゃめちゃ熱い人気店なんですが、皆さん今を感じたいなら、このレクサスのショールームもそうですが、富ヶ谷のフグレンにも是非行ってみてください。
今まで北欧といえばマニア向けというイメージで、古い民家を改造した店でヴィンテージの北欧家具なんかを扱うフグレンもその1つという認識があるのに、それがマスな富裕層向けのレクサスとコラボっていうのには少しびっくりしました。
コラボの理由は北欧ではなくて、やっぱり世界に2店しかないおいしいコーヒー店というところですかね。
その奥にはどーんと車が展示されています。
ま、車の展示にはまったく興味がないので、スルーですが。

img1階の奥には展示用のコンセプトカーが置かれています。

img上から2階への階段、グッズ販売コーナー。一番下はディータ・ラムスがデザインしたオーディオ。

レクサスのパーツが壁面一杯に展示された階段を登って2階に上がると、そこはレストラン。
ここの内装がやっぱり片山正道だけあって、凝ってます。
ワンダーウォールの設計つながりで、ファニチャーは全部B&B。
相当お金かかってますなあ。
ちなみに階段部分に展示してある白く塗装されたパーツ類は、様々な素材が混在しているために、白く塗装してもマットになったり光ってしまったりで、均一の塗装の質感に仕上げるには苦労したとのこと。
全部トヨタの工場で試行錯誤して塗装してもらったそうです。(そりゃそうですよね)
2階には日本の技を駆使した、レクサスオリジナル商品の販売スペースもありました。
そして僕がお!と思ったのが、以前このブログにも書きましたが、ドイツのデザイナー、ディーター・ラムスのデザインしたブラウンの古いオーディオが展示されてたことですね。
いささかマニアックですが。

img地下のラウンジで美女と語らう片山氏。そしてバーカウンター壁面にはイラスト。

最後に、普段一般の人が入れない地下のラウンジを案内してもらいました。
ここはレクサス会員だけの専用ラウンジだそうです。
カウンターの後ろには、ドイツ在住の日本のアーティストの絵が飾られていましたが、よく見るとこの絵には今後コンセプトストアを展開する予定の世界の各都市が描かれているんです。
バルセロナ、ロンドンなどなど。

そして建物の中で、インテリア的に一番の見せ場がこの地下のラウンジにあります。
トイレです。
これが天井まで全部ミニカーが敷き詰められた空間なのです。
車に囲まれて用を足すという、なんとも非日常な空間。
ミニカーはトヨタじゃないものもありました。
トミカじゃなくてイギリス製です。
写真で見ると、ちょっと昆虫っぽくて気持ち悪いですが、実際にはマニアにはたまらない空間だと思います。

imgちょっと写真だけだと伝わらないかもしれませんが。

建物を出る時に、本とクッキーをいただきました。
この本、本屋で立ち読みして既に知っていましたが、これにもかなりお金がかかってますよね。
ブランディングとはお金がかかるものなのです。
ましてや世界を代表するトヨタなら。
モノを売るストアを世界に展開する日本企業は多くありますが、物販メインではないこうしたコンセプトストアを世界に展開する企業は多くはないでしょう。
ライフスタイルを日本から世界に発信するというのは、日本の成熟した文化や考え方を世界に向けて提示するということにもなります。
それをいかにプレゼンするか、その効果を左右するのはデザインの力によるところが大きいと思います。
オリンピックもそうですね。

デザインで魅せる企業価値、僕たちの仕事もそういう部分にあります。

imgこの本は普通に書店で売られていますね。

KITTE 

松本 知彦 for Private Time/2013.04.05/東京東京

先月オープンしたKITTE。
皆さんはもう行かれましたか?

img古い建物と新しいガラス張りのビルとの組み合わせ

img元の建物は昭和 6 年に竣工した東京中央郵便局

改修中に当時法務大臣だった鳩山由紀夫さんの弟が「古い建物を壊すんじゃない!」と怒っていたあのビルですね 笑
その気持ちもわからないではないくらい、東京駅の脇にひっそりと建っていたそのビルの佇まいはクラシックで映画のセットのようでカッコ良かった。
その旧東京中央郵便局局舎を一部保存しつつ、地下1階地上6階、98店舗を有する商業施設JPタワーとして生まれ変わりました。
外観は古い建物の上に新しい近代的なビルが乗っかっているように見えます。
今週オープンした歌舞伎座もこんな感じですね。

日本郵便がはじめて手掛けた商業施設ということで、ネーミングはもちろん切手から取られています。
手紙に貼る切手と同じように、商品やサービスに「KITTE」という付加価値を加えて、想いまでもきちんと届けることができる施設でありたいという気持ちを込めて名付けられた、そうです。
同時にこの施設に“来て”という意味も兼ねているそうです。
内装は隈研吾で、「Feel JAPAN」がテーマらしいですが、テーマが似ているせいか同じく隈研吾が手掛けた東京ミッドタウンにも若干似ている気もします。
小売りの業界では、数年前から日本を見直そうという動きがありますね。

全国各地から集められたスイーツやお弁当を販売する「KITTE GRANCHE(キッテ グランシェ)」など、館内の店舗はほとんど女子向けなので、自分の興味にはそんなに引っかからず、ここでは紹介しませんが、僕が注目したのはビジュアル計画です。
地下鉄東京駅から直結するエントランスを持つKITTE。
駅の改札口から館内へ誘導するサインはちょっと新鮮です。

img駅を降りてすぐの広いスペースは、災害時の避難場所も兼ねてます。

img地下道に貼られた色々な種類のポスター。

災害時の緊急避難場所としても使える用途として広いスペースを持つ地下ですが、そこにKITTE館内への誘導サインがあります。
ロゴは郵便局を象徴する赤と補色の緑、等間隔で置かれた赤い5本の柱は垂直に伸びる商業空間を想起させるデザイン、だそうです。

地下のエントランス周辺には、この赤い柱をキーに様々なビジュアルが展開されています。
そのどれもが、動ではなく静のイメージ。
じっくり見れば味はあるけど、瞬間的なインパクトには欠けるというか、趣味性が感じられるビジュアルだと思います。
こういうビジュアルグラフィックって、あまり商業施設らしくないですよね。
本の装丁のようにも見えます。
個人的には好感が持てるけど、これで集客の数字に影響はないのかなあと思ったり。
オーナーはよくこれに決めましたねって感じもあります。

imgロゴの展開手法が可愛いですね

imgダジャレシリーズ笑

デザイナーは誰だろう?と思って調べたら原 研哉でした。
それを知ってなるほどねと。
広告プロモーションからのアプローチではないデザインだと思いました。
地下鉄丸ノ内線の新宿3丁目の改札から、LEDの照明とサイネージでエントランスまでグイグイアプローチしてくる伊勢丹とは全然違う。
ビジュアルは静かで品のよい、和服をきたような佇まいです。
ちょっとかわいらしい。

皆さんも機会があったら東京駅のKITTEに行ってみてください。
あ、行く時は地下からね。

東京タワー

松本 知彦 for Private Time/2013.02.04/東京東京

久しぶりに東京タワーへ行きました。
僕は東京タワーが大好きなのです。
もちろんスカイツリーなんかよりも断然好きです。

img

東京生まれの僕は、両親に連れられて東京タワーへ小さい頃から行っていました。
幼稚園に入る前、東京タワーで撮影した写真が残っています。
幼稚園、小学校へ入ってからも、東京タワーへ何度か行った記憶があります。
小学校の時はエレベーターを使わず、友達と階段で上ったり。
タワーの入口にある南極犬太郎と次郎の銅像、ガラスで下が見える展望台の床、展望台で売っている刻印できる記念コイン、金色のプラスチック製の東京タワーのオブジェ、100円で覗ける望遠鏡などなど
中でも蝋人形館が好きでした。

ビートルズなど有名人の蝋人形が展示されているだけでなく、拷問のコーナーがあったのを克明に覚えています。
火あぶり、水攻め、水車に縛られてぐるぐる回されている囚人、、、なぜ拷問の様子を蝋人形にして展示する必要があったのか?さっぱりわかりませんが、苦しむ声が響く薄暗い中で、そのオドロオドロしい様子を見るのは低学年の頃はちょっと怖かった。
中でも縛られた状態でロウトを口に差し込まれ、落ちてくる水を無理やり飲まされ続けている水攻めの展示は強烈でした。
自分の隣に立って見ている人の腕に偶然触れると硬いので、なぜだろう?と思って顔を見たら、その人も蝋人形だったりして、驚いて腰を抜かしたこともありました。
当時人気だった蝋人形館は、見世物小屋の雰囲気がありましたね。

imgジョン・レノンが全然似てないんですけど

6年ぶりくらいに訪れる東京タワー。
前回行かなかった蝋人形館に行ってみると、蝋人形の数はかなり少なくなっていて、なぜか音楽館に変わってしまっていました。
これはどういうことなのだろう???
しかもテーマがドイツで、かなりマニアックな展示、僕にはよくわかりません。

imgエレベーターはレトロなまま。特別展望台のことを特展っていうセンスがいいですね。

imgリニューアル後も、昭和の特撮的な香りが漂う特別展望台の様子。

img東京タワーのキャラクター、のっぽんのボールペン

あちこちリニューアルはしているものの、タワー全体は昭和の香りがしていて、いい感じでした。
特別展望台は10年くらい前に建築家北山恒によってリニューアルされていますが、あまり印象は変わりません。
リニューアル当初から思っていましたが、全体的に円谷プロな感じです。
(構造はいじれないけど、もうちょっとやり方あったんじゃないかと思います)
同じくらいのタイミングで、のっぽんというキャラクターも作られました。
ゆるキャラが流行るかなり前です。(6年前に買ったのっぽんのペンは今も使ってます。)
一番僕が残念だと感じているのは、双眼鏡がなくなってしまったことです。
自由の女神でも、サクレクール寺院でも、見晴らしのよい観光地にはどこでも双眼鏡はあるものです。
インターナショナルなお約束なのに、これを無くすなんてあり得ないと個人的に思うんですが。

img特別展望台からの見晴らしは最高です。

img遠くにスカイツリーが見えます。

東京タワーの下には、以前タワーボウルというボーリング場がありました。
このボーリング場は大きくて、ボーリングが流行った60年代当時が忍ばれてカッコよく(レトロでカッコ良かった)僕もジャニーズの撮影ロケで使いました。
それも今はもうありません。

関係ありませんが、東京タワーの鉄骨は戦車を溶かして作ったものだというのを知ってますか?
朝鮮戦争でアメリカ軍の中継地点だった日本は、戦争が終わったあとアメリカ軍の払下げの戦車を溶かして東京タワーを作ったのです。
東京タワーのまわりには増上寺をはじめお寺が集まっていて、タワーが建っている丘も古くから霊山スポットとして知られ、そこに生死に関係する戦車、霊界とつながる電波というものが集まったのは決して偶然ではない、と中沢新一氏は著書「アースダイバー」の中で語っています。
おもしろいですね。

東京タワー、やっぱり好きです。
小さい時から見続けているのに、何度見ても飽きない、見る度に新鮮な気持ちになります。
そして身近にあって手が届きそうなのに、常に届かない象徴のような存在です。
大人になって夜どこかに遊びに行った時、東京タワーが見えると、このタワーを同時に何人もの人が見て、そこにはいくつものドラマがあるのだろうなあと勝手に感じたりしたものでした。
僕の友人が書いた東京タワーという小説がありますが、想いは違うけれど、僕にとっても東京タワーは特別な存在です。
みんなに何か特別な想いを起こさせるのが東京タワーであるような気がします。
今後も時々訪れたい場所ですね、東京タワー。

img

新宿伊勢丹 リモデル

松本 知彦 for Private Time/2012.12.11/東京東京

新宿伊勢丹のリモデル(改装のこと)の第1期がほぼ終ったと聞いて、早速行ってきました。
メンズ館は8周年の時に3階のインポートフロアを、そして今年の9周年で8階のレジデンスにサロン・ド・シマジがオープンしたくらいで大きな改装はありませんが、本館は色々変化があります。

まず元々3階にあったヘアケアやアロマを専門に扱ったスペース、ビューティアポセカリーが地下2階に移動。
地下2階は以前から、BPQCの失敗、F1層を取り込もうとしたISETANガールもイマイチ、と鬼門になっていましたが、このビューティアポセカリーでやっと花開いた感じがします。
確かにB1の食料品より、さらに下のフロアに服を見に行くというのは、なかなかハードル高いです。
買い回りでなんとなくというくらいの動機では、食料品を超えて地下2階まで足を運ばないでしょう。
ビューティの専門フロアとすることで目的が明確になり、意思を持った顧客をエスカレーターに乗せることに成功していると思います。
しかし、食品売場から階段を降りるとコスメの香りが漂ってきて、食品からコスメの距離が近いのにはちょっと戸惑いますね。
ほとんどの百貨店は1階がコスメ、B1が食品売場ですが、気にならないのは香りが上に立ちのぼるためだと思います。
フロアが逆になると、階段にも下のフロアの香りが漂います。
ま、そんなこともありますが、とにかく鬼門であったB2はビューティのフロアにして、僕は大正解だと思いました。
制服も全員ロゴ入りの薄いブルーのワンピースになって、こちらも正解。
以前は白いムチムチのTシャツにパンツで、太った人とやせてる人が如実にわかってしまって、なんだか露骨な感じもしましたからね。
男子目線ですけど。

その昔シンデレラシティという名前がつけられていた20代前半をターゲットにしたヤングカジュアル専門の2階は、まだリモデル途中だったのでそこは飛ばして、ウワサの本館3階に行ってみました。
なるほど。
インテリアの仕事っておもしろいですね。
天井高、柱などの嶇体、エレベーター、エスカレーター、階段には手を加えることなく、以前とまったく同じ広さで、いかに印象を変えるか。
内装を変えるだけでこんなに変わるのですね。
別の百貨店みたいです。
なんだか、大人の遊技場、テーマパークのようで見ていて楽しいです。
ちょうど先週バレンシアガのクリエイティブディレクターに大抜擢されたアレキサンダー・ワンをフロントに持ってきたり、エッジの効いた旬のブランドが目立つところに集められています。

img1フロアに色々な戦略が詰まってます。

ゾーニングもそうですが、一番変わったのは天井と床だと思います。
各ゾーンはテーマごとに床が色や素材によって切り替えられていて、その異なる仕様がおもしろかった。
たくさんのスチールパイプがぶらさがる天井には、それを反射させるために敷かれた黒い石の床だったり、蛍光灯の照明で天井も床も白いエリアがあったり。
変化があって楽しいです。

imgさすがにプラダは並列ではなく、独立店舗。新しいインテリアは見やすく、カッコ良いです。

img元クロエのデザイナー・フィービー・フィロが手掛けるセリーヌは松本のオススメ。イケてます。

以前のリモデル時から積極的に行なっている、ブランドごとに区切らない並列の商品配置、直線的でない導線設計がここでも見られます。
そして3階での特徴的な戦略は、ReStyleのスペースをかなり広げたことでしょう。
フロアの3分の1くらいあるのじゃないでしょうか。
ReStyleは、まだ世間で認知されていないエッジーなブランドを伊勢丹の目利きMDが集めて販売するというコンセプト。
いわばセレクトショップです。
このスペースを広げることは、伊勢丹が他の百貨店のようにテナント貸しではなく、自らの編集力で勝負しようとしているのが、如実に伝わって来るフロア配置ですね。

img新設されたリスタイルギフトではスノードーム特集やってます。スノードーム好きです。

慣れないせいもあって、また人も多くて全体のロケーションがつかみにくく、キラビヤかな迷路のようでもありました。
それがまたおもしろいのかもしれませんが。

imgBISTRO CAFE LADIES & GENTLEMENは、今のトレンド満載です。

imgここを目指して来る人確実に増えると思います。フロアの一番の見どころだったりして。

そんな本館3階でのもう一つの見どころは、カフェ「BISTRO CAFE LADIES & GENTLEMEN」です。
このカフェスペースも、床と天井が他の売場と違っていて独自の雰囲気になってます。
天井にはアンティークの木、床にはモザイクタイルが貼られて、タイルは通路から店の中まで続いています。
もちろんカフェは屋内のフロアにあるわけですが、屋外の街角にあるような感じがするとてもよい空間を創り出しています。
インテリアが時代のトレンド感にあふれていてカッコよいです。
プロデュースはトランジットの中村氏。
やっぱりねえ。。
インテリアや料理に作り手側の戦略スキルの高さを感じます。
伊勢丹出身の中村氏を起用して、伊勢丹をさらに活気づけるなんて伊勢丹は懐深いですね。
フードプロデュースはフレンチビストロの第一人者である木下威征氏、ケーキプロデュースはパティスリー「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」の青木定治氏が担当だそうです。

img躯体の柱についてるカフェ専用のライトがカッコいいデザイン。

4階もちょっと見ましたが、ジュエリー専門フロアになっていて、ピカピカの床でこちらもまばゆい感じになっていました。
シャネルが3階と同じ場所にもう1店舗できてます。
やはり数字が取れるブランドの面積を広げているのでしょうか?

しかし伊勢丹は今回のリモデルに100億円を投資するそうです。
百貨店の売り上げは15年連続で減少、今後もさらに減り続けるのは確実な中で、これだけ勝負に出るというのは公算あってのことでしょう。
伊勢丹新宿の売り上げは11年3月期で約2194億円。
これは日本の百貨店で最大ですが、それでも前期に比べると約2%の減収。
このリニューアルによって売場面積は12%減るけれども、今後売上を毎年5%伸ばすと宣言していますが、この一見矛盾するような戦略が3階のフロアリニューアルのあちこちに見てとれます。

伊勢丹が掲げるスローガンは「毎日が新しいファッションの伊勢丹」。
伊勢丹新宿が終れば、やっぱりファッション全体が終ってしまう気がします。
この企業スローガンを守るべく、次の手を打たなければならないのだと思います。
がんばれ伊勢丹。

新宿歌舞伎町 ACB会館

松本 知彦 for Private Time/2012.12.05/東京東京

さて職安通り側からホテル街を抜けると、以前コマ劇場があった場所に出ます。
ここが歌舞伎町の中心ですが、今はすっかり寂れてしまいました。
コマ劇がなくなって、恒例だったサブちゃんの興業を見に来るおばちゃんたちの姿も見なくなってしまったし、たくさんあった映画館も今はほとんどが閉館してしまいました。

青春ドラマ「俺たちの旅」のオープニングで、中村雅俊が洋服を着たまま入った池も、今はもうありません。(コマ劇の前の広場にあった)
先週、日本で最初に映画館が発祥した地、浅草の最後の映画館が閉館したというニュースを見ました。
なんだか新宿も浅草のようになってしまいましたね・・・・
都市の宿命なのでしょうか。

img以前はこの白いタイルのスペースに池がありました。右側の映画館もすべて閉鎖。

僕は新宿で生まれて育ちましたから、歌舞伎町に来る機会は子供の時から多くありました。
子供の時は父親に連れられて、ミラノ座で映画を見たり(スターウォーズや未知との遭遇を見たのもここでした)、中学生の時はあんまり来ませんでしたけど、高校生になったら純喫茶マイアミでインベーダーゲーム、ミラノボウルでボーリング、夜遊びを覚えたらディスコの中心が六本木へ移る前の新宿で、ニューヨークニューヨーク、ツバキハウスのロンドンナイトで大貫憲章の選曲で踊ったり、大学生の時は3丁目にあったレゲエのクラブ69やニューサザエで朝まで飲んだり。
新宿にはたくさんの思い出があります。
父親に手を引かれて歩いた街、友達と遊んだ新宿の街の情景は、今もうそこにはありません。

そんなことを考えながら歌舞伎町を歩いている時、新宿にまつわるもう1つのことをふと思い出しました。
それは大学の時、そして卒業したあとも、よく出演したライブハウスACB会館です。
ACBと書いてアシベと読みます。
僕が大学でバンドをやってた頃は、渋谷のLa mama、takeoff7、新宿のACB、JAM studio、ルイード、吉祥寺まんだらなどなど、都内のいろんなところでライブを定期的にやってました。
あれから20年も経っているからもう建物自体がないかもしれない、、、探しつつ行ってみると・・・
ありました!
いやあ、まだあるんですね。
調べたら1968年がオープンですから、なんと50年くらい営業してるんです。
隣にあるキャバレー日の丸も健在でびっくりでした。
でも5年以内にはなくなりそう。。。なくなる前にコワいもの見たさで行ってみたい気もします。
内装のインテリアが見たい。

img夜の方がナイス!なんつってもしびれるキャバレーですからねえ。素晴らしいコピー。

3階がガールズバーになっているのは時代でしょうね。
僕らが出演していた当時はありませんでしたから。
しかしこのビルもいったいどういう構造になっているのか、外から見ただけではまったくわかりません。
築50年って耐震とかだいじょうぶなのかなあ。

imgACB会館の入口です。僕らが出演していた時にはガールズバーはもちろんありませんでした。

imgライブハウスへの階段。リリーフランキーたちと楽器を持って何度もここを降りました。

imgガールズバー、忍者屋敷、ビリヤード、ライブハウス、まったくコンセプトのない雑居ビル。

でもACBがまだあるのを知って、ちょっぴりうれしく感じました。
またバンドがやりたいなあ。

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