千駄木 旧安田楠雄邸

松本 知彦 for Private Time/2011.05.18/東京東京

旧安田財閥の邸宅です。
大正8年に建設された伝統的な純和風建築で、東京都から1998年に文化財の指定を受けています。

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この家には平成8年まで安田家の方が住まわれていたそうですが、結構というか相当にクラシックで、よく近年まで住んでおられたなあと。
きっと気に入ってらっしゃったのでしょうね。
木造2階建ての内部は、玄関から入るとまず暖炉のある洋室の客間があり、奥へ行けば行くほどプライベートな空間へと続きます。

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敷地が450坪もあるので家も広いです。
一番奥には以前子供部屋があったようですが、現在は売却されていて存在せず、今では厨房とお風呂が1階の一番奥に位置しています。
大正時代のお風呂は、白いタイル貼りで映画「犬神家の一族」by市川崑で島田洋子が襲われるシーンまんまの感じで、お風呂の隣には畳敷きの広い脱衣所がありました。
当時は脱衣所も畳敷きなんですね。
隣にある大きな厨房にはガラスのトップライトがついていて、かなりモダンな雰囲気。
大正時代には相当に進んだ、贅を尽くしたインテリアだったことでしょう。

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2007年から一般公開されています。機会があれば足を運んでみてください。

原宿 神宮前交差点

松本 知彦 for Private Time/2011.04.26/東京東京

表参道。この通りはシャンゼリゼなどと並び、世界有数のファッションストリートとして知られています。

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僕が大学生の時くらいまでは、原宿駅から明治通りに向かって表参道を歩いていくと、明治通りとの交差点左側の角に原宿セントラルアパートという建物がありました。
原宿の駅前に移転する前のGAPがあった場所です。
交差点の角の1階は当時中華料理屋でした。
セントラルアパートの入り口はラフォーレ原宿の真向かいあたりにあって、入るとすぐ吹き抜けの中庭があり、そこが自然光の入るカフェになっていました。
カフェの隣はダンススタジオで、当時映画Flash danceで有名になったレオタードを着た人たちが踊っているのがカフェから少しだけ見えました。
ここでもよく食事しましたね(カフェドロペのようにおしゃれな場所でした)。
神宮前交差点の記憶、それは交差点の角に建っていた原宿セントラルアパートの地下にあったマーケットです。

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ハナエモリビルの地下にあった小さなアンティークショップ群とも似ていて(これも2010年取壊しになってしまいましたね・・)いろんな店がごちゃごちゃと集まっていて、今思えば上野のアメ横のような場所でした。
1つの店の広さはものすごく狭くて6畳くらいしかなかったように思います。
当時手に入りにくい最先端のグッズを扱っている小さなお店が何十軒も集まっていて、特にロンドンから輸入された(当時最先端と言えば圧倒的にロンドンでした)Tシャツやバッジ、スタッズ付きのライダース、ガーゼシャツなどは他の店では当時あまり見かけませんでした。
DCブームが少しづつ訪れていましたが、それとも明らかに異なるストリートなサブカルチャーを売り物にしたショップが多かったように思います。
音楽も最先端の音楽が流れていました(BGMの装置などなく、店ごとにラジカセでテープを流していました)。
10代の頃、そんな怪しげな地下のマーケットを回るのは本当にワクワクしましたね。

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今東京でマーケットと言えば、土日に開かれるフリマくらいしかありませんが、当時原宿にはJR原宿駅表参道口の改札を出ると目の前に常時開催しているマーケットがありました。
今のGAPのビルがある場所です。
ロンドンを訪れた後で知りましたが、原宿のそれはロンドンのカムデンロックをそのままコピーしたもので、カムデンロックにはじめて行った際には、ここは原宿のコピーなのでは?とも思ったものです。(もちろん原宿がロンドンのコピーです)
規模は全然違いますけど。
原宿に来ると、まず駅前のマーケットを見て、セントラルアパートの地下のマーケットを見て、それからラフォーレの地下を見て、ア・ストア・ロボットかデプト、時には渋谷の文化屋雑貨店まで足を伸ばす、というコースを辿ったのは当時僕だけではないでしょう。
何十回と辿ったお決まりのコースでした。

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ボートハウスのトレーナーに正ちゃん帽を被った人、トップサイダーのデッキシューズにタウチェのデイパックを背負った人、オフショアのトレーナーにローカルモーションのトートバッグを持って髪を脱色したサーファーたち、そして全身古着の人、クリームソーダで決めたローラー、そしてロンドンパンクな人・・・。
全身DCブランドを纏った人たちはもう少しあとになってたくさん出てきますが、恰好を見ればその人がどのグループに属していて何が好きなのか、視覚情報だけで一瞬のうちに判別できる「族」と呼ばれる集団が形成されていました。
聴いている音楽で着る服を決めるという、ファッションが音楽とリンクしていた幸せな時代でしたね。
僕はそうしたグループのいずれにも属しませんでしたが、色々な人が神宮前の交差点ですれ違っていくのをただ眺めていました。

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