ロンドン宿泊2 ホテルスタイル

松本 知彦 for Private Time/2014.10.22/旅

前回ブログに書いたイーストエンドの駅Stratfordからセントラルラインに乗って、少しだけセンターに来たところに、話題の街ショーディッチがあります。
少しだけセンター寄りというだけで、エリア的にはまだイーストエンド。
東京で言ったらどこだろう、、西荻?それとも横浜の黄金町?違うなあ。
それまで危険とされていた地区が、ここ10年くらいでホットなスポットに生まれ変わったエリアです。
今やショーディッチはファッションやアート、文化の発信地。
おもしろいギャラリーや家具屋、セレクトショップなどが集まる場所になっています。

imgショーディッチは可愛い街並。

imgACE HOTELは70年代風の建築。エントランスは花屋になってます。

img上がホテルのフロントですが、全然そんな感じはないです。

imgフロントの脇にはDJブース(上)、ロビーでみんな寝転がってます。(下)

さてショーディッチの駅を降りると、すぐ前に有名なホテルがあります。
アメリカのオレゴン州ポートランドで有名になり、今世界に増え続けているACE HOTELです。
オーナーのアレックス・カルダーウッドは残念ながら昨年、47歳の若さで亡くなってしまいましたが、コミュニティのような空間はロンドンでも健在。
東京で言ったらクラスカでしょうね。(つかそれしかない)
既存のホテルをリニューアルしたものですが、全然ホテルっぽくない笑
フロントで洋服売ってたり、人がたくさん床に寝転がってたり、隣でDJしてたり、3分間写真があったり(ラフトレードのショップにもあった)、これは旅行者同士が気軽に語らうユースホステルのシャレオツ版か?って感じ。
花屋と洋服屋、雑貨屋、カフェと食堂をミックスしたような場所です。

imgこちらは新しいビルが立ち並ぶ金融街。

imgアンダーズ内のレストラン。こういう照明ってロンドンならでは。

ショーディッチから1つセンター寄りの駅が、リバプールストリート。
ここはショーディッチと打って変わって、銀行や証券会社などの企業が集まる金融街です。
東京で言ったら丸ノ内みたいな場所ですね。
ここに今回泊まったアンダーズホテルがあります。
Air B&B、アーティストたちが集まる工場を改造したウェアハウス、そしてアンダーズ。
ホントに全然スタイルが違う。
1回の旅行で、こんなに様々なバリエーションの場所に泊まる人はいないでしょう笑
アンダーズは、今年東京の虎の門ヒルズにオープンして話題になっています。
ロンドンのアンダーズも同じくらいの時期にできたホテル。

img部屋は、、、普通に快適です。

丸ノ内みたいな場所にあるだけあって、泊まっている人はスーツを着たビジネスマンばかり。
ロンドンを歩いていて思ったのは、スーツを着た人が全然街にいないということ。
BANK(駅名)などオフィスが集まる場所にしか、スーツを着ている人がいないのです。
これは意外でした。
たぶん東京より全然少ない。
アンダーズはとっても快適ですが、クリエイティブを刺激するような要素はあんまりないです。
その代わりコンフォタブル。
ロビーから吹き抜けの階段が、NYのグッケンハム美術館のようでした。

img1階のフロントから螺旋階段が吹き抜けになってます。

ロンドン宿泊1 イーストエンドとウェストエンドの違い

松本 知彦 for Private Time/2014.10.20/旅

一部の人にはお知らせしましたが、先月末展覧会のためにロンドンへ赴きました。
今回はその中で気が付いたことを簡単にお知らせしますね。
最初は宿泊事情から行きましょう。

img横につながっている典型的なヴィクトリアンハウス。この中に泊まったAir B&Bがあります。

僕が滞在したのは1週間ほどですが、その間に3つの場所に泊まりました。
1つ目はエアB&B。
もう1つがウェアハウス。
そして最後は、最近東京にもできた話題の新しいホテル。
3つが3つとも違う場所、違うスタイルで、これだけ多様なスタイルを1度に味わう人もいないでしょう 笑
でも人生で一番おもしろいことは、こういう振り幅にあると思います。
どっちかに偏らず、両方を知ることはとても重要なことだと思っているのです。

img普段は画家のおばさんの家 笑。1階なので中庭に出られます。奥にはキッチンとバスタブ。

img朝食はないので、ヴィクトリアパークの中にあるカフェに食べに行ってました。オシャレだった。

まずエアB&Bから。
B&BはBed and Breakfastの略で、朝食が付いた小規模で比較的安価な宿泊施設のこと、日本で言ったら、、、う~んビジネスホテルと民宿の中間みたいなものでしょうか。
イギリスでは、家の持ち主が不在の個人宅に宿泊することをAir B&Bと言って、一般的なビジネスになっています。
誰もいないので朝食は出てきませんが、キッチンや冷蔵庫、シーツやタオル、お風呂などその人の家のものを自由に使えます。
宿泊費も安くて、旅行者や短期滞在者にはいいシステムだと思うのですが、日本には馴染みがないですね。

ロンドン郊外の住宅は、ヴィクトリアンハウスと呼ばれる120年くらい前に建てられた建物が一般的で、街並みはほとんどこのスタイルの家ばかりです。
多くは3階建て(というか半地下があってそれを1階とみなしての3階建て)で、レンガでできた壁は隣家とつながっており、日本で言う長屋スタイルです。
各住宅の間取りはほとんど同じなので、多くの人が100年前と同じ間取りで生活していることになります。
これは日本じゃ考えられないですね。
ロンドンに住む友人に聞いたところ、友達の家に行ってもほとんど同じ間取りだとのことでした。
時々、つながっている長屋の一部だけが新しい建物になっているものがありますが、それは第2次世界大戦中にドイツ軍に爆撃でやられて(!)後から新しく建てたものだそうです。
僕が利用したAir B&Bもそんなヴィクトリアンハウスの1つでした。
場所はセントラルラインのMile end駅で降りて、しばらく歩いたヴィクトリアパークの真ん前。
かなり東寄りです。

imgウェアハウスの中。上がアトリエ、下にはベッドルームが2つ。キッチンとバスは右奥。

imgアーティストの集まる工場地帯。近所にはブリジット・ライリーのスタジオが。

ロンドンって市内の西側には上流階級が住み、東は移民やワーキングクラスが住む危険なエリアとされてきました。
でもだんだん都市が拡大して、アーティストは東へ東へ移動、それに伴って東側のエリアは音楽やファッション、アートの中心地に変化しています。
最近注目されている街ショーディッチも、以前は危ないと言われた場所でしたが、今は一番ホットなスポット(ロンドン在住のイギリス人に言わせると、もうピークは過ぎたそうですが、)になっています。
エアB&Bの次に宿泊した友人宅は、エアB&BがあったMile endからさらに東、Stratfordという場所にあります。
こちらは、元々は工場地帯で、ロンドンオリンピックが開かれたスタジアムがある駅です。
アーティストの友人は、アーティストばかりが集まるピーナツ工場を改造したウェアハウスに住んでいました。
でっかい工場を仕切った空間に、何人ものアーティストが集まって生活しています。
元々工場なので、風呂や水道はなかったはずだから、新しいオーナーがリノベーションして設置したのでしょう。
こんなウェアハウスで制作活動をしている友人は、なんだか恵まれているというか、羨ましいというか、自分も若かったらやってみたいライフスタイルでしたね。
このStratfordという場所は、古くからの工場地帯と新しい施設が混じり合う、高感度な人たちが集まる面白いエリア。
レタープレス(活版)のスタジオがあったり、お洒落なカフェが点在していたり(日曜のランチは40分待ち!)、Googleが撮影に使ったスケボーパークがあったり、かと思えばすぐ隣には昔ながらの工場やゴミ収集場があったり、今後益々開発されていくことを予感させるエリアでした。
東京でいうと、蔵前とお台場を足したみたいな感じかな。

imgStratfordにあるオリンピックのスタジアム。友人宅から歩いて行けます。

imgザハ・ハディット設計のプール。東京にも近々こんなのができるのでしょうね・・・

切り裂きジャックの事件があったことでも知られるロンドンの東地区(イーストエンド)。
シド・ヴィシャスとジョン・ライドンが出会ったのもイーストエンドにあるハックニーという場所でした。
モッズで言えば、ウェストエンドのWhoに対して、イーストエンドにはSmall Facesがいます。
以前音楽の評論などで、よく耳にした東vs西という構図には何の意味があるのか?今回行ってみて、それはクラスやカルチャーの違いを指しているのだということがわかりました。
ロンドンに住むイギリス人に聞けば、別の国くらい違うという言い方をします。
東地区は昔から、新しいストリートカルチャーが生まれるエリア。
今後益々おもしろいものが生まれると思います。

会社のBBQ 2014

松本 知彦 for Private Time/2014.10.20/仕事仕事

おとといの土曜に、会社のスタッフとBBQをしました。
場所は武蔵境から乗り換えて、少し先にある野川公園です。
天気もよくて、よいイベントになりました。

imgこの会場は、他のグループと適度に距離があってよいです。

img肉は牛、豚など色々。ジャガバタ、焼きそばも作ってました。

img焼いているのは、主に新人チームの面々。

前回は二子玉川の川べりで開催しましたが、今回は森の中。
二子玉川の時と比べると、そんなに人も多くなく、静かでマイナスイオンあふれるよい会場でした。
武蔵野って感じです。

imgどこかから持ってきたのかと思ったら、うちの会社のオリジナルだった笑

ホットドッグ用のパンとソーセージをあらかじめ購入しておいて、看板を作って現地でホットドッグを実際に作るという、、、
別に販売するわけではないので、看板なんて必要ないのですが、気分を盛り上げるためということで、こういうのが制作会社ならではなんでしょう。笑

よい時間を過ごしました。
楽しかったです。
もっともっと色々な企画をやってみたいなあと感じる会でした。

準備はとても大変だったと思います。
皆さん、お疲れさまでした。

img16時に終了。

img野川公園は、いいところでした。

中野 ブロードウェイ

松本 知彦 for Private Time/2014.10.16/東京東京

僕が育ったのは東京の新宿ですが、中学校は中野の中学を卒業しました。
そんなこともあって中野は昔から慣れ親しんだ街です。
高円寺の阿波踊り、阿佐ヶ谷の七夕祭りなどなど、子供の頃から通っていました。

img駅からブロードウェイへ続くアーケード。昔とあんまり変わってません。

imgブロードウェイのビル側面にある巨大なロゴ、カッコいい。

そして中野駅周辺。
中野は中央線沿線文化がスタートするディープな街。
中野から先の高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻、国分寺などなど中央線カルチャーが顕著に見られる駅は中野駅から西に点在しています。
中野と言えばサンプラザ、丸井本店、そしてブロードウェイ、その中にある「まんだらけ」は最近の中野のイメージを決定している象徴的な場所でしょう。
ちなみに中野区民の成人式はサンプラザで行います。

僕が中学生の頃、中野には武蔵野館という映画館がありました。
たぶん新宿にある武蔵野館と同じ系列だと思いますが、よく友人と自転車で中野に映画を見に行ったものです。
この映画館、今はもうありません。
阿佐ヶ谷の駅前にもオデオンという映画館がありましたが、それもなくなってしまった。
確か今はスポーツジムになってます。
僕が中学生の時からブロードウェイはありましたが、今のようにサブカルの聖地ではありませんでした。
映画を見たあとはお約束のように、必ずブロードウェイの地下でソフトクリームを食べて、そのあとブロードウェイ脇のお店で今川焼を食べて帰りました。
そのソフトクリーム屋「デイリーチコ」は今も健在。
今も時々食べに行きたくなります。
ということで行ってみました。

img中学生の時と同じ場所、同じメニューで営業してます。

imgアイスの味は8種類

img注:倒しても巻き直しはしませんだって笑

8個重ねの特大ソフトクリームは、僕が中学生の時既にメニューにありました。
今はカルト的な人気があるようですね。
昔はそんなに有名じゃなかったですけど。
普通に食べるなら、3段重ねで十分です。

img大人は小の3段で十分です。250円は安い!

ブロードウェイの上階は、オフィスと住宅になっていて、ビルができた当初は六本木ヒルズや虎の門ヒルズのような最先端の複合ビルでした。
青島幸雄や沢田研二などの著名人が住んでいたことでも有名です。
屋上にはプールがあったりして、ホントに最先端のレジデンスだったんでしょうね。
上の住宅棟には行ったことがないですが、築40年経過しているので今はいい味になってるんじゃないでしょうか。

ブロードウェイを抜けると早稲田通りにぶつかりますが、早稲田通りまで行かずにブロードウェイ脇に足を踏み入れると、そこにはかなりディープなエリアが広がっています。
小さい店が、ごちゃごちゃひしめき合って建っていて、まさに中央線。
大学の頃までここにビリヤード場があったのですが、探したら見当たりませんでした。
もうなくなっちゃったのかなあ。
両親も通ったクラシックという有名な喫茶店があったのですが、それも今はありません。

img黒木香の事件でこのホテルの名前を知った時は懐かしかったなあ。

うなぎのような狭い道の袋小路に建つホテルワールド。
一世を風靡したAV女優の黒木香が、売れなくなったあと90年代に飛び降りて自殺未遂をしたことでも知られるこのホテル、営業は既に終了しているようですが、70年代の姿のまま今もそこに建っています。
今はお坊さんが営業しているボーズバーなど、いくつかの飲食店がビル内で営業しているみたいですが、外観はちょっと不気味な佇まい。

そして夕方になると、たくさん道に立ちはじめる中国人の売春婦たち。
いやあ、、僕が育った中野も売春する街になっちゃったなんて、悲しいというか、時代が変わっちゃいましたね。

グローブトロッター スーツケースのオーダー2

松本 知彦 for Private Time/2014.10.14/ファッションファッション

英国ブランドのグローブ・トロッターのスーツケースをオーダーしたことは、以前このブログでも書きました。
待つこと3ヶ月半、オーダーしたスーツケースがイギリスから届きましたという連絡が。
ロンドン行きにギリギリ間に合うタイミングで完成しました。

img4ヶ月待って英国から完成品が送られてきました!

選んだのは一番大きい33インチのもの。
仕様はウィリアム王子とキャサリン妃の間にロイヤルベビーが誕生した際、限定発売されたロイヤルスイートコレクションと同じにしました。
長く使うので、いつ買ったのか忘れてしまっても、皇室の子供をテレビで見たらすぐに思い出すだろうという意図もあります。
カラーはユニオンジャックの白、ブルー、レッドをモチーフにしています。
オーダーってスーツでも何でもそうですが、選択肢が多いだけに、ついつい普段選ばない組み合わせを選んでしまう。
オーダーだから市場にない自分だけのものをって思いがちですが、それが失敗につながるのです。
冒険したり、遊びを入れすぎたりすると、完成が残念な結果になるのは経験上知っていました。
なぜロイヤルスイートコレクションの限定モデルと同じにしたか。
それは商品が出た際に、買おうかどうしようか、実際に手に取って悩んだ末に、それまで持っていたTUMIの続投を決めたので、細部やパーツ含めた全体の印象を覚えていたというのが大きいです。
ま、英国カラーっていうのもありますが。
(色々なボディの色がありますが、一番売れているのがこのアイボリーホワイトという色らしいです)

imgまったく同じスーツケースが2つ 笑

img外観はイニシャルの色が違うだけで他はまったく同じです。

imgでも開くと中身は違います。

そして同じスーツケースを2つ同時に作ったのでした 笑
どちらも同じサイズ、どちらもロイヤルスイートコレクションと同じ仕様にしているので、見た目は一緒です。
でもよく見るとMのイニシャルの色だけが違う。笑
1つは自分用、1つはリンタロ用に作りました。
子供が海外旅行に行く年齢に達したら、1つづつスーツケースをオーダーで作ってあげるっていうのはいいアイデアだなあと思っています。
でも、そんなこと今後できるかどうかわかりませんけど・・・・汗
イニシャルは袋文字になっていますが、1つは文字をバーガンディで外側をゴールドに、もう1つは文字をネイビーに外側をシルバーにしています。
文字もケースに合わせて英国カラーで。

imgこちらはバーガンディとネイビーで、ケースの外側に合わせた内装に。

imgもう1つはリバティの可愛い柄。リンタロが選んだ方がよかった・・・

imgMADE IN ENGLAND

外観はイニシャルの色が違うだけですが、中身の布の張地は変えました。
1つの内側はリバティ柄に、もう1つは外側と同じ英国カラーで揃えてみました。
でも結果的にリバティ柄の方が可愛かった。。
バンチ(小さな生地サンプル)で見た時は、リバティ柄はうるさい、男子ならストイックに無地だろ、と思ったのですが、いざ出来てみると柄の方がよいです。
こういうのは完成してみないとわからないですね。
生地の色やパターンもたくさんあるのですが、リバティ柄はその中からリンタロが選んだものです。

これを持って先月一人でロンドンへ行ってきました。
でも一番大きなサイズを選んでオーダーしたため、注意点があることがわかりました。
全部いっぱいに詰めると、空港で重量オーバーの追加料金を取られます。
行きも帰りの便も追加料金を取られてしまいました・・・・
1回6,000円です。
そんなに荷物を詰め込んだ覚えはないのですが。
30キロオーバーです。
紙でできた軽いスーツケースなのに・・・と思ってしまいますが、それだけめちゃめちゃ詰め込んでいるということです。
若い頃の貧乏旅行がクセで、手荷物を少なくするためについつい何でも詰めてしまうのです。
何でも入っちゃうからね・・・
ここは要注意でした。

imgやっぱりロンドンは雨。。。

グローブ・トロッター スーツケースのオーダー

松本 知彦 for Private Time/2014.10.08/ファッションファッション

皆さんは旅行に行かれる時、どんなスーツケースを使っていますか?
個人的に海外旅行に行くなら、スーツケースは大きければ大きいほどよいと思っています。
行く時はスカスカでも、帰りには必ず常にケースに入らないくらいの荷物になるからです。
そんなに買物をするわけでもないのに。
あれはなんでしょうね、おみあげかな。

imgスーツケースのオーダーは初めての経験でした。

僕は20年くらいずっとTUMI(トゥミ)のスーツケースを使っていました。
このアメリカブランドのスーツケースは、革やアルミなどの金属製ではなく、ブランドの特徴である黒いナイロン製の布が全体に使われています。
この黒い布、実はアメリカで使われている防弾チョッキと同じ素材なのです。
頑丈なことがブランドの最大の宣伝文句にもなっていました。
しかも、仮にスーツケースを紛失した場合でも、ID登録システムに所有者を登録しておけば、見つかった際に誰のバッグかを特定されて連絡がもらえるという優れたサービスもあります。
色々な面ですげーなあと思って買ったのですが、最初に行った海外旅行でいきなりケースの下についていたプラスチック製の足がなくなってネジが飛び出し、その後何回か旅行に行くうち、ジッパー部分も割れて、鍵もつけられなくなってしまいました。
これだと空港で誰にでも簡単にスーツケースを開けられてしまうので、防犯上よろしくない。
エイジングを楽しむっていう文化もあるけど、20年使ってくたびれたスーツケースを直して今後さらに使い続けるのもなあ、と少し考えておりました。
というか、あれだけ頑丈を売り文句にしていたのに、初回の旅行でいきなり壊れたTUMIに対して、その時点でブランドの魅力はもう半減です。。

imgブランドのアイコンにもなっているトロッターを持ったチャーチルの写真。

imgロイヤルベビー誕生を記念して、昨年限定販売されたロイヤルスイートコレクション

今年の春くらいに、もしかするとロンドンへ行くことになるかもという企画が持ち上がり、それと同じタイミングでグローブ・トロッターのオーダー会が開かれることを知りました。
これはもう作るしかないかな、と。
グローブ・トロッターは1897年に創業されたイギリスのブランド。
革製の鞄が主流の時代にヴァルカン・ファイバーと呼ばれる特殊な紙でスーツケースを作ったのでした。
紙ですよ、紙!
だからものすごく軽いのです。
今もこの製造法は100年前と変わっていません。
あのチャーチル首相もグローブ・トロッターのアタッシュケースを持って、ロールスロイスで公務に向かっていたというのは有名な話。
そしてエリザベス女王は、ハネムーンの際にグローブ・トロッターを持って出かけています。
(今チャーチル生誕140周年を記念した限定モデルがグローブ・トロッターで売られてます。創業100年以上の英国ブランド、ターンブル&アッサーとのコラボ。)

さてそんな100年以上の歴史を持つグローブ・トロッター。
以前も定期的に開かれていたオーダー会の情報を知る度に、あ〜作ろうかな、どうしよう、いや待てよ、自分にはTUMIがあるじゃないか(すぐ壊れたけど)、あれが使えるのだから買うことはない、と自分に言い聞かせてきました。
しかし今回とうとう作ることに。

imgスーツケースのベースの色だけ決めても、その他のパーツを選ばなければならない。。

オーダーなので、すべてのパーツを選ぶことができます。
まずスースケースのサイズから。
前述のように、僕はスーツケースは大きいに越したことはない、大は小を兼ねると思っているので、一番大きいサイズ、33インチのエクストラディープを選びました。
次にベースとなるケースの色を選びます。
ブラウン、ネイビーなど全部で10色くらいあってなかなか最初の段階から悩みどころ。
四隅についている補強用の革、大きいサイズだけについている革のベルト、ベルトを留める革、2ヶ所についている持ち手、それらの革に施されるステッチの糸の色、鍵がかかる金属製の金具の色と素材、ケースの内側に貼られる布、などなど選択肢、組み合わせがたくさんあります。
これらを1つ1つ選んでいくのはかなり骨の折れる、時間のかかる作業です。
スーツのオーダーよりもバリエーションが豊富で、選ぶのに困ってしまいます。
たぶんイメージなしでゼロから選んでいったら、何時間もかかるでしょう。
僕は昨年販売されていたロイヤルスイートコレクションと同じカラーリングにしました。
ウィリアム王子とキャサリン妃の間にロイヤルベビーが誕生した際に、限定発売されたモデルと同じ組み合わせです。
アイボリーホワイトのボディに、ネイビーとバーガンディレザーという組み合わせ
そう、イギリスの国旗、ユニオンジャックに使われている白、赤、ブルーの3色で構成されたモデルなのです。
イギリス製のスーツケースを持って、まずイギリスに旅行に行くのだから、コンセプトはちょうどよいと思いました。
限定発売されていたモデルは、内側にキャサリン妃が結婚式前夜に宿泊したホテル「ザ・ゴーリング」のロイヤルスイートのシルクの壁紙が使われていましたが、僕はそこまで一緒にする必要もないので他の布にすることに。

img文字の書体を選んだらあとは色です。色は表札のような木に塗られたサンプルから選びます。

最後に、スーツケースにイニシャルやラインを入れることができます。
これは普通にスーツケースを買っても、限定販売の商品を買っても受けることができないオーダーだけの限定サービスです。
せっかくなので入れることにしました。
ゴヤールのバッグなどと同じですね(以前ゴヤールのバッグにもオーダーで入れましたが、、)
最初はT.Mにしようかと思いましたが、これは家族全員で使ったり、将来子供たちに譲ることも考えていたので、誰でも使えるようイニシャルはMの1文字だけに。
ラインは入れずにシンプルに英字だけにしました。
ここでも書体を色、文字のサイズ、そして入れる位置を決めなければなりません。
なかなか大変。。

img指定した書体を紙に出力して実際のスーツケースに貼って大きさや位置を検討・・・・

imgPCの画面上でオーダーサンプルが見れますが、それでもイメージが掴めません。

ゴシックも試してみましたが、鞄がクラシックなデザインなのでセリフ(明朝体)の方がしっくりくるなと。
指定した文字サイズと色を紙に出力してもらって、切り抜いたものを実際のスーツケースに貼って場所や見え方のシミュレーションを重ねました。
簡単に書いてますが、この作業も結構悩むところで時間がかかります。
PC上で、指定した色、イニシャルの場所や全体のバランスなどが見られるのですが、それでもなかなかイメージは湧きません。
完成しないとわからない部分が多いです。

イギリスの工場で作られて日本に送られてくるまで4ヶ月かかるということで、完成を待つことに。
それを持って英国に行くと言う、、、なんだかおもしろい流れになりました。

虎の門 ホテルオークラ ロビー

松本 知彦 for Private Time/2014.10.06/東京東京

東京で一番好きなところはどこですか?と聞かれたら、国立代々木体育館、新宿のパークハイアット東京、上野の不忍の池と並んで、僕はここを挙げるでしょう。
本当にカッコいい場所。

img流れる空気が好き

この場所が好きな理由はいくつかありますが、個人的には007からの影響が大きいです。
以前このブログでも紹介しましたが、1960~70年代に公開された初期007映画のインテリアを手掛けたドイツ人デザイナー、ケン・アダムのセットを地で行くようなインテリアが本当に魅力的。
「映画はB級でこっちが本物だ!」と怒られそうですが、海外から見たジャパニズム、日本様式をモダンに解釈し、和洋折衷で見事に表現したインテリアが本当にカッコいい。
子供の頃、そんなインテリアに映像で最初に触れた自分にとって、映画と同じ空間がリアルに実現されているロビーを大人になってから見た時はホントに驚きでした。

imgホテルの外観もカッコいい。ホテルのパーキングは玄関前の青空駐車場。

ホテルオークラのロビーの設計は谷口吉郎によるもの。
ニューヨークのMOMAの設計を手掛けたことでも知られる谷口吉生のお父さんです。
1962年、東京オリンピックに訪れる外国人を迎えるために建てられました。
やっぱり60年代に生まれたデザインは最高ですね。
007の劇中セットもそうですが、根底に流れるモダニズムの感覚が素晴らしいです。
オークラランタンと呼ばれる首飾りをイメージして天井から吊られた照明、
1つのテーブルにセットされた5つの椅子は、上から見ると梅の花に見えるよう計画された長大作のデザイン、
そして柔らかい光で美しい陰影を作り出す大型の障子、
本当に見事です。
SPACE8の展示のためにスペインからやってきた友人の現代美術作家たちも、ここは東京で必ず見るべき場所とのことでした。

img天井から下がっている照明が首飾りをモチーフにしたオークラランタン。

img障子から柔らかい光が漏れてきます

img上から見ると梅の花に見える椅子。そしてスペインチーム。

2階まで吹き抜けになっていますが、実際に座ってみると静かで落ち着いた空間です。
通常ホテルのロビーはラウンジ、カフェになっていることが多いですが、オークラはただ椅子が置かれているだけで何のサービスも機能もない広い空間で、美術館のようです。
建築主の大倉喜七郎は50年前、ホテルの設計を谷口吉郎に依頼する際、「藤原期の雅を建築によって再現せよ」と言ったそうですが、本当に素晴らしい空間になってます。
そして最後の貴族の意地として、帝国ホテルを超えるホテルを作るという意気込みがありました。
依頼者とそれに答える設計者の真剣勝負がここに結実しているのです。
本館より小さいですが、別館にも同じデザインのロビーがあります。

img世界各国の時間が見られるという60年代っぽい仕掛けのパネル。

しかし先日このホテルを壊して、新しく建て替える計画が発表されました。
2020年に開かれるオリンピックで多く訪れるであろう外国人向けに高層ホテルに建て替えるようです。
これは、、、、まったく残念でなりません。
このロビーだけは残して欲しい。。
壊されてしまうなんて本当に残念です。
せめてもの救いは、手掛ける建築家が谷口吉郎の息子、谷口吉生だということです。
もう取り壊しが決まってしまった今、あとは谷口さんがどこまで父親の仕事を残して再構成してくれるのか、その完成を待つしかありません。

こんなサイトもあります。
ホテルオークラの保存を訴える署名サイトです。
ホントにこのホテルのロビーを失うのは日本デザインの損出だと感じますね。
http://savetheokura.com/

img夕方も美しい。

横山まさみち 艶笑漫画の世界展

松本 知彦 for Private Time/2014.10.02/クリエータークリエーター

現在SPACE8で行われている「横山まさみち 艶笑漫画の世界展」が盛況で、毎日多くの方が訪れています。
以前このブログでも紹介しましたが、日刊現代で26年間も連載された「やる気まんまん」は、そのタイトルを知らない人でも絵を見たらきっと作品を思い出すことでしょう。
今回は展覧会の内容を少しだけ紹介します。

imgナイスなタイトル。この昭和の感じがたまりません。

会場には貴重な原画が数多く展示されていますが、これはファンにとっては嬉しい限りでしょう。
マンガの原画を見られる機会って意外と少ないのです。
そしてDVD制作の際に使われた、かぶり物や実際の映像も展示されています。
レアですね。

img会場には貴重な原画が多く展示されています。

imgこちらはやるまんの原画です。

僕がおもしろいなあと感じたのは「やる気まんまん」の制作手法でした。
主人公のキャラクターは横山まさみちさん本人が描かれていましたが、作品に登場する女のキャラクターは、すべて女性アシスタントが担当していたそうです。
「やる気まんまん」に出てくる女性キャラクターは、1人の女性アシスタントの方がずっと長い間描かれていたとのことでした。
確かに艶めかしい女性の表情は、このマンガにおいてかなり重要です。
海外で出版されていた色々な写真集が出版社から持ち込まれて、それを参考に描いていたということでした。

その方が入社した当初、横山プロは少女マンガも手掛けていたそうで、少女マンガを描きたい一心で入社したものの、入社して半年くらいで「やる気まんまん」が大当たり。
それ以後は20年以上ずっと作品に登場する女性を担当して描いていたとのことです。
「やる気まんまん」が当たると、エロの仕事が多く舞い込み、それらに登場する女性キャラクターのほとんどを担当していたとおっしゃっていました。
いやあプロフェッショナルですね。
そしてやるまんのメインキャラクターであるオットセイ。
これは連載された時期によって異なる3人の方が担当したそうですが、その女性アシスタントは見ただけで何代目の人が描いたものかすぐわかるとおっしゃっていました。
僕にはその差はわかりません。笑

メインキャラクター、オットセイ、女性などなど、役割分担して1つの作品を仕上げるのがプロダクションですからね。
いやあ、おもしろい話を聞かせていただきました。

imgやるまんの映像も見ることができます。

imgこちらは映画で使われた実際のかぶりもの

imgフィギアも買えます!

販売グッズも充実しています。
絶版になっている単行本、オットセイシール、ハガキ、それにフィギアも。
オンラインでも販売していますのでこちらも是非ご利用ください。
↓↓
http://space8.jp/store/products/list.php?mode=filter&category_id=28

会場は楽しい展示になっています。
展示は明日10/3までです。
皆さん、急いでください!!

img明日が最終日、見逃さないでくださいね。

小さな夢の実現 ロンドンへ その1

松本 知彦 for Private Time/2014.09.17/私の履歴書私の履歴書

僕の父親は昔、漫画家でした。
世間にその名前を知られた時代もありましたが、今では本当に一部の人しか知らない漫画家です。
彼の名前が知られていたのは僕が生まれる前、大手が少年ジャンプやマガジンなどの週刊誌を出版する前の時代、1950年代に隆盛を極めた貸本というジャンルでのことでした。

imgロンドンのカートゥーンミュージアムで展覧会を開くことになりました。

今と違って、フリーのクリエーターという職業は、明らかにマイノリティだった時代。
社会的に相当なハンデがあったはずです。
300人がマンガ家になることを目指しても、なれるのは100人、そのうちきちんと収入が得られて残るのは1人くらいでしょう。
仮に売れたとしても、そのうち収入はゼロになり、廃業を余儀なくされてしまう厳しい世界。
学校の校長先生であった厳格な父(僕の祖父)に猛反対され、読んでいたマンガを目の前で破り捨てられた経験をしても、なぜ彼がマンガ家という職業を志したのか、その理由はわかりません。
しかしそこには覚悟があったと思います。
そして、その後には悔しさや諦め、後悔もあったかもしれません。
父親は覚悟を決めて飛び込んだであろう自分の職業について、晩年は卑下していたと母に聞きました。
そこには色んな思いがあったんだろうと思います。

自分の子供時代、家庭は経済的に困窮していたはずですが、それを僕に気づかせず、一家の生計をサポートしていたのは母でした。
母は僕が物心着いた頃からずっと働いていて、家にいない時も少なくありませんでした。
結婚すれば、ほぼ全員が専業主婦の時代に、他の家庭と自分の家が明らかに違うことを感じ取ってはいましたが、それについて自分から質問することはありませんでした。
そして父の仕事についてもほとんど感知することなく、いえ見て見ぬ振りをしながら僕は徐々に大人になって行きました。

その父が2005年に亡くなります。
父が病床で最後に僕に託したこと、それが70年代の作品を集めた単行本「たばこ屋の娘」の出版でした。
既に寝たきりになっていた父は、編集者とのやり取りを自分に代わって息子である僕に依頼したのでした。
「知彦、これ進めてくれるか?」
本当に短い言葉でした。
父が仕事のことを自分から僕に話したのはこれが最初で最後です。
それまで一切自分の仕事について息子に語ったことはありませんでした。
この短い言葉が特別な響きを持って、今も僕の耳にずっと残っています。
この時まで僕は父の仕事に関して何も知らなかった。
そこから父を知っている人たちに会い、父のことを調べ、父に関する活動を少しずつはじめるようになり、今に至ります。

img

img父が70年代にビックコミックに連載していた「劇画バカたち」。その原画もロンドンで展示します

いくつかわかったことがあります。
父親は、さいとう・たかをさん、辰巳ヨシヒロさんと3人で大阪、東京の同じアパートで一緒に生活しながら作品を描いていたこと。
その中で劇画という表現を生み出し、それが今のマンガの発展に大きな影響を与えていることを知ります。
そして劇画という表現を、世界で初めて作ったのは父親だったという事実も知ることになるのです。
父は劇画に先駆けること1年半、劇画のルーツである駒画という表現に到達していました。
これを知った時、父親が祖父の大反対を押し切ってでもやりたかったことは、これだったのではないかと瞬時に感じました。
劇画が生まれた背景には、新しいことを作り出そうとする父の真摯で激烈な想いを感じることができます。
この事実を知った僕は、劇画が登場した当時の息吹、想い、葛藤を1人でも多くの人に知ってもらいたい、そう思うようになりました。
父だけの作品ではなく、さいとうさんや辰巳さんの作品も含めて、劇画の革新性を世に伝える活動、劇画が今のマンガに及ぼした影響を認知してもらう展示をやりたいと、密かに思うようになりました。
しかし周りの関係者にこの話をしても、誰一人として展覧会の企画に賛同してくれる人はいませんでした。
ビジネスにならないからという理由だと思います。
でも僕はあきらめませんでした。
仕事をしている時でも、展示のことはいつも頭の片隅にありました。

劇画=さいとう・たかをさん、日本ではそう見ている人がほとんどです。
その表現がいつ、どこでどのように生まれたのか、スタート地点には何があったのか、それを知る人はいません。
興味を持つ人もいないからビジネスにはならない。
駒画についても、多くのマンガ評論家は呼び名が違うだけ、劇画vs駒画という構図でしか捉えておらず、その関係性について正確に論述されている書籍は1册もありません。(読み手側に興味がないので書く必要も無いのでしょうけれど。)
先行する駒画は革新的な表現やコンセプトだけを残し、後からやってきた劇画に飲み込まれていきますが、「駒画と劇画は同じもの」生前父はそう言っていました。

img叫ぶさいとう・たかをさん。1950年代の父自身の言葉でしょう。

父親が飛び込んだマンガの世界、そこで到達した新しい表現。
それを押し進め、既存の表現を乗り越えていった多くの作家たち。
そんな内容を紹介する展示を海外で開くことはできないものか。
長い間、胸の奥に秘めて来た想いが、とうとう今月ロンドンで実を結ぶことになりました。
構想から8年くらいが経過していますが、ようやく形になるのです。
ここまで長い道のりでした。
http://cartoonmuseum.org/exhibitions/current-exhibitions/gekiga

SPACE8の次の展示は「やる気まんまん」!!

松本 知彦 for Private Time/2014.09.16/クリエータークリエーター

SPACE8で開催していた「カワイイの原点 高橋真琴展」は昨日で終了しました。
会期中はたくさんの皆さんに来て頂き、本当にありがとうございました。
日本のカルチャーを作った真琴さんの貴重な原画をこんなに近くで見ることができて、そこには発見やオドロキ、感動がありました。

imgこの肩に乗っているキャラクター、1度は見たことあると思います。

さてそんな中、次の展示の企画が進行中です。
皆さんは「やる気まんまん」というマンガを知ってますか?
牛次郎の原作で、横山まさみちさんが描いた成人向けマンガです。
タイトルを聞いて知らないなあと思っても、絵を見たらきっと思い出すと思います。

この「やる気まんまん」、夕刊紙の日刊ゲンダイに1977年から2003年まで、なんと26年も連載されていたエロマンガなのです。
あんまり話題にされませんけど、毎日出る新聞に26年間も連載を続けたというのはスゴイことです。
しかも小さい4コマ漫画などではなく、タブロイド紙とはいえ紙面1ページを使って連載された作品ですからねえ、驚きです。
そして内容はエロマンガですよ!!
もちろんセックスと性描写でストーリーが構成されているのです。
週刊誌じゃなくて、エロマンガを毎日新聞に連載ですよ。
今じゃ考えられないですよね。
スゴイパワーです。

img会場では今は手に入らない、レアな単行本も販売します。

imgオットセイ、懐かしい!

子供も普通に見る一般の新聞に連載されていたマンガですから、閲覧者の年齢制限はありません。
しかしあまりにリアルな描写はまずいので、男性のアソコはオットセイ、女性のアソコは貝で表現されています。
このオットセイのキャラクターを見たら、みんな思い出すのじゃないでしょうか。
アニメ化もされましたが、杉作J太郎さんが監督した実写版も話題になりました。

次回は、この「やる気まんまん」の原画展をSPACE8で開催することになりました!
高橋真琴さんの描く作品は女子が必ず通ってきた少女のあこがれの世界、次回の展示は男子が必ず通る道、しかも中学生からおじさんまで幅広い男子が通って来た道なのです。笑
少女世界からエロマンガ、展示内容の振り幅がものすごいでしょう?笑
しかしどちらも息のなが~い活動で、その分野を開拓した第1人者として、リスペクトされるべき作家なのです。
今回は父親同士も顔見知りですが、息子同士の交流から展示が実現しました。
http://space8.jp/schedule/2014_11/

img登場する女子のキャラクターの顔だけは女の人が描いていると知りました。

男子のみならず、女子の皆さんも是非見に来てください。
ある意味、こういう機会がないと見られないと思います。
展示は9/25~10/3まで。

高橋真琴さんの少女イメージを見て癒され、横山さんの「やる気まんまん」を見て元気を出して行きましょう!
お待ちしています。

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